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第22話 初耳

――気まずい。 軽い気持ちで立ち寄った、雑居ビル向かいのいつものコンビニ。 突然風俗店の女の子に拉致され、すったもんだのうちに、見ず知らずの男性に『自分は可愛い男の子をブイブイ言わせたい』などと吐き捨ててしまった。 話の流れで、自分は女性より男性が好きだと明言したも同然だ。 本谷(もとや)は弁解の余地もなく、その場に立ち尽くしていた。 「お、おま……お前……!」 自分に向けられている視線が痛い。 小さいので怖くはないが、距離感がやたらと近く、それでいて高圧的な男が、呆気に取られている。 (完全に、引いているんだ――!) 「ちょ、も〜!なんだよ〜!そうならそうって何で早く言わないのー!無駄に興奮しちゃったじゃないのー!!」 「ッえ?!」 小さな男が、満面の笑みを浮かべながら本谷の背中をバシバシと叩いた。 「お前、名前は?何ていうの?」 「へ?!……あの、本谷ですけど」 「じゃあ、もとやんだなぁ!ヨロシクな、もとやん!」 「も、元ヤン??なんか急に不穏(ふおん)な響きに……!」 本谷は完全に、男のテンポに翻弄されていた。 「ああ、いけねぇ、自分の紹介もせずに!まぁ僕のことは、めーたん♡って呼んでくれよ。女の子たちからもそう呼ばれてんだ!ちなみにまだまだ需要のある28歳な!」 「め、めーたん?あの……えと、私も28歳です……」 「タメじゃん!!うわぁ〜!!益々(ますます)お前のことが知りたくなってきた!よし、今から飲みに行っちゃおうぜー!」 「ええ〜!!」 勢いに呑まれ断れないでいる本谷の背中を、男はぐいぐいと力強く押して歩いた。 ――繁華街の居酒屋は、大衆的でとても(にぎ)やかだった。 「こ、こういうお店あんまり慣れなくて、ちょっとビックリしてます」 不思議なシチュエーションにドキドキしながら、本谷は席に着いた。 普段、比較的優雅な空間に身を置いているせいか、雑踏(ざっとう)が大きく感じてしまう。 「何?!プライベートで来たりしないのか?」 「仕事柄会食は割とあるんですが、ホテルや料亭なんかが多くて。それに満足してたのか、フランクに飲む機会って全然なかったです……」 周りをキョロキョロと見回し、新鮮な気持ちになる。 「うわぁ!僕はそういうところ堅苦しくて無理なのよー!今日はリラックスして呑もうぜー!」 「は、はい!」 互いにグラスを交わし、料理に手をつけた。 「それでさ、可愛い男の子が好きってくらいなのに、もとやんは何であんなとこにいたのよ?」 「!!」 「いやいや!偏見とかないから安心して?多様性の時代じゃないのー!」 明るくそう言われ、少し身構えながらもゆっくり話し出す。 「私は、その……、別にゲイという自覚は無かったんですけど、一目惚れした子がたまたま男だったってだけで。エステに行っていたのは完全に不可抗力です……!」 「なんだぁ!俺めちゃくちゃあのビル行ってるからさ、語り合いたかったんだよね〜」 本谷は、不意に思い立った。 「あ!あの!!め、めーたんはあのビルによく行くんですよね?!じゃあ、小柄で、色素の薄い感じの……学生みたいな若いボーイさんとか知りませんか?!」 自分は今、何でもいいからとにかく情報が欲しい。一か八か、意を決して聞いてみた。 「へ?!ボーイ?知り合いでも探してんの?あー……そうだなぁ、そんな子いたら絶対目立つと思うんだけど、割と落ち着いた年齢の人しかいないかな」 「です……よね」 あのあどけない少年が表立って接客などしていれば、不審に思う客が出るに決まっている。 早々に質問が尽きて、仕方なく料理を頬張った。 「なぁ、ていうかそれ、若い子なら『裏の店』の子なんじゃない?」 「は……?」 初めて聞いたワードに、思わず箸が止まる。 「知らないの?その界隈(かいわい)の人達の間ではかなり有名店だって聞いてるぞ?まぁ僕は正直興味ないんだけど、男でもかなりビジュアル重視の店だって……」 進む会話に、取り残される。 「ちょ、ちょっと待って!『裏の店』って何の話ですか?あのビルは、男性向け店舗しかないですよね?!」 実際に調べてそんな情報はどこにもなかった。 ドクドクと、鼓動が速くなる。 「そりゃ一般人には分からなくしてあるよ。裏風俗だもん。ネットや看板に載ってないだけで、あるんだよ〜9階に。オフィスってことにして、実際は大部分がプレイルームっていうな!」 「裏……風俗……?」 本谷の不安が、どんどん大きくなる。 「分かる範囲で話すけど、あのビルが全部、(せん)グループのものだってことは知ってたか?」 「……はい!それは、自分でも調べました」 「キャバクラや風俗なんて大元(おおもと)は大抵ヤクザ絡みだけどさぁ、いわゆる男娼(だんしょう)ってやつ?それも売りにしてるって」 (男娼――?) 「でも……それじゃあ、お客さんはどうやって」 「ああ、もちろん紹介制だよ!表でできないこと何でもやるから裏風俗なんだし!一見様(いちげんさま)お断りのインナーサークルだな。割とVIPじゃないと使えないし、信用重視で個人情報とかも登録させられるね!」 本谷は言葉が出ずに、呆然(ぼうぜん)とした。 展示会で初めて会った時、琥珀の周囲にいた男たちの雰囲気から、なんとなく反社会的な世界との関わりがあるのではという疑念(ぎねん)はあった。 そしてあの雑居ビルに入っていく姿を見て、疑念が確信に変わった。 でもまさか、仕事の内容が性的なものだとは思ってもいなかった。 「し、信じられないよ……あの子が……」 「そんなに大事な人なのか?でもまだそこにいるって決まったわけじゃないし!!てか、探してるその人がもしかして、もとやんの一目惚れの相手?」 「はい……」 隠すことができず、すんなりと肯定した。 「向こうは私なんて、覚えてはいないと思います。でも……ずっと、勝手に一人で追いかけてて……。あはは。気持ち悪いですよね。すみません、初対面なのにこんなことを話して……」 溢れるままに胸の内を吐露(とろ)し、本谷は困ったように微笑んだ。明るく振る舞いつつも、その表情に影が落ちる。 「何言ってんの!!偏見無いって言ったでしょ。それに聞いたのはこっちだし。てかまてよ?……いい案があるッ!!」 「え……?」 「あのビルに1番金を落としてるのは僕だって言っただろ?紹介してやれるんだ、もとやんのこと!!その店に!!」 「ええええ?!」 「なんだよぉ!心配なら自分の目で確かめればいいだろぉ?この風俗王めーたん様にかかればチョチョイのチョイよ!」 話の勢いに、思わず目眩(めまい)がする。 だけど確かに、このまま不安でいてもどうしようもない。 「心配いらん!!初回の紹介だけどうしても同行しなきゃいけないから、日を改めて一緒に行ってやるよ!どうせしょっ中行ってるビルだし!」 「め、めーたん……。すみません、誰かに聞いてもらうのも初めてだったのに、その上そんな面倒まで……」 「大袈裟だなぁ!遊びのついでだよ!」 まだ会って数時間というのに、2人はすっかり意気投合していた。 「あ、じゃあコレ僕の名刺渡しとくな!時間のある時にまたいつでもいいから連絡してよ」 「本当にありがとうございます。コレ、私のです…………ん?」 『西園寺(さいおんじ)グループ 投資家 西園寺(さいおんじ) (めぐむ)』 (いや、まさかな……) 「あれれ?もしかしてもとやん、アート関係なの?じゃあ知ってるかな?現代美術作家の西園寺みすず!僕の『ばあば』だぜ!」 「……ええええ!!」

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