22 / 56
第22話 初耳
――気まずい。
軽い気持ちで立ち寄った、雑居ビル向かいのいつものコンビニ。
突然風俗店の女の子に拉致され、すったもんだのうちに、見ず知らずの男性に『自分は可愛い男の子をブイブイ言わせたい』などと吐き捨ててしまった。
話の流れで、自分は女性より男性が好きだと明言したも同然だ。
本谷 は弁解の余地もなく、その場に立ち尽くしていた。
「お、おま……お前……!」
自分に向けられている視線が痛い。
小さいので怖くはないが、距離感がやたらと近く、それでいて高圧的な男が、呆気に取られている。
(完全に、引いているんだ――!)
「ちょ、も〜!なんだよ〜!そうならそうって何で早く言わないのー!無駄に興奮しちゃったじゃないのー!!」
「ッえ?!」
小さな男が、満面の笑みを浮かべながら本谷の背中をバシバシと叩いた。
「お前、名前は?何ていうの?」
「へ?!……あの、本谷ですけど」
「じゃあ、もとやんだなぁ!ヨロシクな、もとやん!」
「も、元ヤン??なんか急に不穏 な響きに……!」
本谷は完全に、男のテンポに翻弄されていた。
「ああ、いけねぇ、自分の紹介もせずに!まぁ僕のことは、めーたん♡って呼んでくれよ。女の子たちからもそう呼ばれてんだ!ちなみにまだまだ需要のある28歳な!」
「め、めーたん?あの……えと、私も28歳です……」
「タメじゃん!!うわぁ〜!!益々 お前のことが知りたくなってきた!よし、今から飲みに行っちゃおうぜー!」
「ええ〜!!」
勢いに呑まれ断れないでいる本谷の背中を、男はぐいぐいと力強く押して歩いた。
――繁華街の居酒屋は、大衆的でとても賑 やかだった。
「こ、こういうお店あんまり慣れなくて、ちょっとビックリしてます」
不思議なシチュエーションにドキドキしながら、本谷は席に着いた。
普段、比較的優雅な空間に身を置いているせいか、雑踏 が大きく感じてしまう。
「何?!プライベートで来たりしないのか?」
「仕事柄会食は割とあるんですが、ホテルや料亭なんかが多くて。それに満足してたのか、フランクに飲む機会って全然なかったです……」
周りをキョロキョロと見回し、新鮮な気持ちになる。
「うわぁ!僕はそういうところ堅苦しくて無理なのよー!今日はリラックスして呑もうぜー!」
「は、はい!」
互いにグラスを交わし、料理に手をつけた。
「それでさ、可愛い男の子が好きってくらいなのに、もとやんは何であんなとこにいたのよ?」
「!!」
「いやいや!偏見とかないから安心して?多様性の時代じゃないのー!」
明るくそう言われ、少し身構えながらもゆっくり話し出す。
「私は、その……、別にゲイという自覚は無かったんですけど、一目惚れした子がたまたま男だったってだけで。エステに行っていたのは完全に不可抗力です……!」
「なんだぁ!俺めちゃくちゃあのビル行ってるからさ、語り合いたかったんだよね〜」
本谷は、不意に思い立った。
「あ!あの!!め、めーたんはあのビルによく行くんですよね?!じゃあ、小柄で、色素の薄い感じの……学生みたいな若いボーイさんとか知りませんか?!」
自分は今、何でもいいからとにかく情報が欲しい。一か八か、意を決して聞いてみた。
「へ?!ボーイ?知り合いでも探してんの?あー……そうだなぁ、そんな子いたら絶対目立つと思うんだけど、割と落ち着いた年齢の人しかいないかな」
「です……よね」
あのあどけない少年が表立って接客などしていれば、不審に思う客が出るに決まっている。
早々に質問が尽きて、仕方なく料理を頬張った。
「なぁ、ていうかそれ、若い子なら『裏の店』の子なんじゃない?」
「は……?」
初めて聞いたワードに、思わず箸が止まる。
「知らないの?その界隈 の人達の間ではかなり有名店だって聞いてるぞ?まぁ僕は正直興味ないんだけど、男でもかなりビジュアル重視の店だって……」
進む会話に、取り残される。
「ちょ、ちょっと待って!『裏の店』って何の話ですか?あのビルは、男性向け店舗しかないですよね?!」
実際に調べてそんな情報はどこにもなかった。
ドクドクと、鼓動が速くなる。
「そりゃ一般人には分からなくしてあるよ。裏風俗だもん。ネットや看板に載ってないだけで、あるんだよ〜9階に。オフィスってことにして、実際は大部分がプレイルームっていうな!」
「裏……風俗……?」
本谷の不安が、どんどん大きくなる。
「分かる範囲で話すけど、あのビルが全部、千 グループのものだってことは知ってたか?」
「……はい!それは、自分でも調べました」
「キャバクラや風俗なんて大元 は大抵ヤクザ絡みだけどさぁ、いわゆる男娼 ってやつ?それも売りにしてるって」
(男娼――?)
「でも……それじゃあ、お客さんはどうやって」
「ああ、もちろん紹介制だよ!表でできないこと何でもやるから裏風俗なんだし!一見様 お断りのインナーサークルだな。割とVIPじゃないと使えないし、信用重視で個人情報とかも登録させられるね!」
本谷は言葉が出ずに、呆然 とした。
展示会で初めて会った時、琥珀の周囲にいた男たちの雰囲気から、なんとなく反社会的な世界との関わりがあるのではという疑念 はあった。
そしてあの雑居ビルに入っていく姿を見て、疑念が確信に変わった。
でもまさか、仕事の内容が性的なものだとは思ってもいなかった。
「し、信じられないよ……あの子が……」
「そんなに大事な人なのか?でもまだそこにいるって決まったわけじゃないし!!てか、探してるその人がもしかして、もとやんの一目惚れの相手?」
「はい……」
隠すことができず、すんなりと肯定した。
「向こうは私なんて、覚えてはいないと思います。でも……ずっと、勝手に一人で追いかけてて……。あはは。気持ち悪いですよね。すみません、初対面なのにこんなことを話して……」
溢れるままに胸の内を吐露 し、本谷は困ったように微笑んだ。明るく振る舞いつつも、その表情に影が落ちる。
「何言ってんの!!偏見無いって言ったでしょ。それに聞いたのはこっちだし。てかまてよ?……いい案があるッ!!」
「え……?」
「あのビルに1番金を落としてるのは僕だって言っただろ?紹介してやれるんだ、もとやんのこと!!その店に!!」
「ええええ?!」
「なんだよぉ!心配なら自分の目で確かめればいいだろぉ?この風俗王めーたん様にかかればチョチョイのチョイよ!」
話の勢いに、思わず目眩 がする。
だけど確かに、このまま不安でいてもどうしようもない。
「心配いらん!!初回の紹介だけどうしても同行しなきゃいけないから、日を改めて一緒に行ってやるよ!どうせしょっ中行ってるビルだし!」
「め、めーたん……。すみません、誰かに聞いてもらうのも初めてだったのに、その上そんな面倒まで……」
「大袈裟だなぁ!遊びのついでだよ!」
まだ会って数時間というのに、2人はすっかり意気投合していた。
「あ、じゃあコレ僕の名刺渡しとくな!時間のある時にまたいつでもいいから連絡してよ」
「本当にありがとうございます。コレ、私のです…………ん?」
『西園寺 グループ 投資家 西園寺 恵 』
(いや、まさかな……)
「あれれ?もしかしてもとやん、アート関係なの?じゃあ知ってるかな?現代美術作家の西園寺みすず!僕の『ばあば』だぜ!」
「……ええええ!!」
ともだちにシェアしよう!