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第23話 弱者
「樫原 さーん!おっはようございま〜す♪」
朝だというのにテンションの高い陽気な声が、エントランスに響いた。
遠目からでも目を惹 くスタイルの良さ。
まるでどこかのモデルかアイドルのような、華のある男が佇 む。
切長の目元が涼しげで、一見クールな容姿も、笑うと顔を出す八重歯のお陰か愛嬌 がある。
「おおミヤビ。いつも悪 ィな。お前もバーの仕事があるのに」
「朝晩ちょっと寄るだけなんで平気っす!あと琥珀 が可愛いんで。毎日いじっても飽きないし♪」
「助かるけどほどほどにしといてやれよ」
雑居ビルの裏側。樫原とミヤビは、普段通りに関係者用の昇降口からエレベーターで7階へと上がった。
歓楽街の中にある、表向きは風俗店が集中した9階建ての雑居ビル。
このビルの7階には、倉庫の他にも、現在はもうほとんど使われていない寮スペースがある。
琥珀は組の管理下に置かれ、この場所ですでにひと月以上軟禁されていた。
「最近の琥珀、だいぶ大人しくなりましたね」
「ああ。仕込みが楽で助かるぞ」
朝と夜、世話係のミヤビは外出できない琥珀に代わり、買ってきた食事や日用品をこの部屋へ届ける。
その他の掃除や洗濯などに関しては、すべて琥珀一人でやらせていた。
樫原も自宅からここへ毎日通い、その1日の殆 どを琥珀と共に過ごした。
「デビューまで、もう少しになっちゃいましたもんね」
「……ああ」
2人はエレベーターを降り、部屋の前に着いた。
「あれ?」
「どうしたミヤビ。早く開けてくれ」
「開いてる……。たしか昨日の夜も普通に食事を届けに来て……、あれ?もしかして俺、閉め忘れちゃいました?」
「……おいおい。まぁ、あいつが自分から逃げる事はないと思うけどよぉ。外鍵なんだから、気をつけろよなぁ」
ヘラヘラと笑うミヤビを、樫原が一瞥 した。
――ガチャッ
「琥珀ちゃーん♪朝ごはんですよー♪ってあれ?いない……」
室内は整然としており特に変化は無いが、肝心な琥珀の姿が見えない。
普段ならまだ寝ているか、お腹を空かせて自分から寄ってくるはずなのに。
「風呂から音がする。シャワーでも浴びてんだろ」
樫原は冷静に答えると、ソファに腰掛けタバコを吸い始めた。
早速くつろぐ舎兄 を横目に、ミヤビはテーブルに食事を並べはじめた。
「……あ。樫原さん、ミヤビさん、おはよ…ございます――。」
バスローブ姿の琥珀が、とぼとぼと歩きながらやって来た。
「あ、琥珀!メシ一緒に食べよ!ってうわぁぁ、ベッタベタじゃん!床!垂れてる!ちゃんと拭 け〜!」
ミヤビが慌ててタオルを取りに行き、琥珀を捕まえ床に雪崩 れ込んだ。
琥珀はされるがままに、ビショ濡れの頭を拭き上げられていく。
「うわ!すいません。なんか、汗かいちゃって……お風呂に……。つ、ついでに後ろも、自分で……」
「洗浄したの?エライじゃ〜ん!もう一人でできるようになったんだね♪」
髪を拭く手を止めて、ミヤビが琥珀を抱きしめる。
「うあっ、ちょっ、ミヤビさん……!」
「お前は可愛いなー♪お兄ちゃんがチューしてやるよ、チューー!」
「わああああ、んむッ!」
琥珀は恥ずかしさに頬を赤らめながら、纏 わりつくミヤビのちょっかいを受け入れた。
「ったく。会う度いつもじゃれ合いやがって。そーしてっと、ホントに兄弟みたいだな」
タバコを吸いながら、樫原が告げた。
21歳と19歳――。
2人の間に差は少ないが、ミヤビが年齢以上に垢抜 け洗練されている上、琥珀が小さく童顔なので、傍 から見るとまさに年の離れた兄弟のように見えた。
「ふふ♪だってさ、琥珀!お兄ちゃんの言う事聞けよ〜〜♪♪」
「い……うわっ!やめっ!わぁぁぁ!」
ミヤビが楽しそうに、琥珀の体をくすぐった。
――朝食を終えて、身支度を済ませる。
「今日の依頼は2本だ。もうそろそろ迎えが来る。大丈夫だな?」
「……はい」
琥珀は俯 き、コクリと小さく頷 いた。
そのあまりの素直さに、ここまで散々手を焼かされてきた2人は驚いた。
「昼過ぎには終わるはずだ。頑張れよ」
頭を撫でられ、琥珀はもう一度頷いた。
「――行きましたね。琥珀。あんなに従順になるとは思いませんでした」
「これでいいんだよ。犬は大人しく飼われてりゃいいんだ」
「樫原さん……」
テーブルに残った食事の残骸を片付けながら、ミヤビの手が止まる。
「……琥珀、全然食 ってないじゃん」
――冷たいコンクリートに、背中が擦 れる。
1件目のホテルでの依頼が終わって、次に連れられてきた2件目のこの倉庫の中は、殺風景で何もなかった。
10人……、いや、11人はいるだろうか。人数の多さに、思わず体が萎縮する。
「可愛がってやるから、楽しくいこうぜぇ」
「……!!」
組員たちと対峙 して、琥珀の体に鳥肌が立った。
(あの男が、いる――!!)
昨晩琥珀の部屋に侵入し、強姦した男。
証拠を消すため拘束具は全て剥 ぎ取って、そのまま逃げ去った男が、何事も無かったかのように集団の中に混ざっていた。
琥珀は恐怖で足が竦 んで動けなくなり、その男だけが、ニヤリと笑った。
「あれ……?なんかこいつすげぇ怖がってる?もう前みたいに噛みついたりしないのな!」
「活 きがいいのもいいけど、大人しくなると素直でますます可愛いじゃん!」
「ふっ……あぅ……んあ……」
組員たちが震える琥珀の体を押さえつけ、指で後ろの穴を解 し始めた。
「なんだ?めちゃくちゃ柔らけぇ。前の奴らに相当遊んでもらったな?」
「……う……そこはッ……ひぁッ!」
「なんだ?気持ちイイのか?淫乱だなぁ?」
琥珀は目を瞑 って、必死に恐怖と屈辱に耐 え続けた。
依頼の時は決まっていつもそうだった。
裸に剥 かれ、時に縛られ、言う事を聞かないと殴られる。
口腔 を犯され、乳首を噛まれ、全身がベタベタになるまで舐め回される。
それだけでも耐えられなかった。
そして今は、その先が怖い。
「なぁお前ら、もっとイイ事してみねぇ?」
あの男が、口を開いた。
琥珀の顔から、血の気が引いていく。
「……や、……やめ……」
「こいつヤれるよ?黙っときゃ平気だから。なぁ……?琥珀ゥ?」
「う、う……!うわあああ――!」
「――琥珀ッッ!!!」
ミヤビの声が、その場を劈 いた。
その視界が、複数の組員らの中心で、力無く横たわる琥珀の肢体 をとらえる。
倉庫内に充満する臭いと、琥珀の尻から溢れた白濁 で、何が行われていたかは誰から見ても明白だった。
「……ミヤ……ビ……さ……」
「テメェら!!よくもッ!!!!」
激昂 したミヤビが男たちを鋭く睨み付け、集団の中へ飛び込む。
修羅さながらに次々と殴りかかり、男たちが一斉に怯 んだ。
「ヒィ!なんだあれ?!めちゃくちゃ凶暴じゃん!!」
「し、四条雅 だ……!!うわぁぁアイツはヤベェって!!」
「汚ぇモンを俺の弟にブチこんでんじゃねェよ!!クソッッ!!死ねよカス!!!!」
激しく暴れ回り、その場を半壊にしたところで、ミヤビが慌てて琥珀に駆け寄った。
「琥珀!!なんでだよ!クソッ……琥珀?!」
目を開けたまま、ぼんやりとして反応しない琥珀を抱き上げると、思わずその表情が固まった。
「な、なんだこの熱……!!琥珀!琥珀!!しっかりしろ――!!」
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