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第27話 琥珀の過去①

中学入学と同時に母親の再婚で、苗字も住む場所も変わり、生活が一変した。 昔はもう少し気楽に笑えていた気がするけれど、成長に伴って人見知りしやすい性格に拍車(はくしゃ)がかかり、新しい土地の中学校には全く馴染めなかった。 『1組の朝霧(あさぎり)君来てるってー!見た?お人形さんみたいに可愛いのー!』 『おい、お前か噂の生意気な1年は。つーかお前、ホントに男かよ?触って確かめてやる!』 『どーして女子が学ラン着てんだよ?おかしいだろぉ?そーだ!こいつ、脱がして裸にしちまおうぜ――』 いつもジロジロ観察されて、学年に関係なく人を見た目で判断する(やから)から、生意気だの女だの言われ放題。 ムカついて逆ギレしていたら、友達を作るどころか周りからは完全な()れ物扱いを受ける始末。 自分でも、生まれつきの中性的な容姿には自覚があった。 それが成長するにつれて、周りの男子との体格差が露骨(ろこつ)になって、気付いたら集団の中で浮いていた。 『――朝霧、朝霧琥珀(こはく)はまた欠席か』 自己嫌悪と環境変化のストレスで、次第に部屋に()もって登校拒否気味になり、中学1年の2学期には完全な不登校になった。 以前は母1人、子1人の2人きり。 シングルマザーだった母さんは看護師で、夜勤の多い勤務の(かたわ)ら、甲斐甲斐(か い が い)しく俺の面倒をみてくれた。 今思えば、この頃の母さんとの2人暮らしが気に入っていたんだと思う。 母さんを楽させるためにちゃんと勉強して、高校はいい所に入ってそれなりの就職先に就こう。そんな目標も持っていたはずだった。 ――義父(とう)さんが、変わってしまうまでは。 『今まで琥珀に、寂しい思いばっかりさせてごめんね。これからはお義父(とう)さんが支えてくれるから大丈夫。何も心配せずに、琥珀には将来、好きな大学へも行ってほしいの』 母さんの再婚相手は、母さんの勤め先の病院に出入りしていた医療機器メーカーの会社員だった。 数年前に奥さんを病気で亡くしたとかで、小さな息子を連れていた。 父親の愛情を知らずに育った俺は、人見知りの自分にも優しいこの男の息子になれて、少なからず喜んだ。 『琥珀、今日も学校休んじゃったのか?どうした?父さんが聞いてやるから』 仕事から帰るとそう言って、いつも膝の上に乗せられた。 『ん……別になにもない……けど』 父親と息子の在り方がよく分からなかった俺は、その時間にちょっと緊張したし、恥ずかしくて容姿で揶揄(からか)われていることを最後まで話せなかった。 真面目な義父さんは、俺と向き合おうと努力してくれていたと思う。 会社ではそれなりの役職らしく、いつもお堅い雰囲気で、仕事もプライベートも大事にする人だった。 連れ子の唯斗(ゆいと)はまだ4歳の甘え盛り。 母さんが仕事を辞め、専業主婦になって世話をした。 義父(とう)さんも、母さんも、俺に(なつ)く唯斗も幸せそうで、私生活に難がある俺を除けば、円満な家庭そのものだった。 ――中学1年の冬のある日。 久しぶりに義父さんが部屋に呼ぶので行ってみると、他愛もない会話の途中、いつになくスキンシップが激しいことに気が付いた。 『琥珀、だいぶ髪が伸びてきて、女の子みたいになってるな』 『……だって、ジロジロ見られるから隠したい。それに、美容院って苦手だから行きたくないよ』 『そうだな……。父さんも、そのままが良いと思うぞ』 後から思えば、その頃から義父さんの様子が変だったんだ。 『琥珀、母さんには内緒だぞ?マッサージしてやるから、ここにおいで』 そう言って、俺をベッドに寝かせた義父さんは、服の上から俺の体を(まさぐ)った。 『ああ、可愛い。俺の琥珀。可愛いよ――』 『と、義父さん!!くすぐったいよ!や、やだッッ!!』 『服を脱ぎなさい。ああ……!まだ小さくて可愛い乳首だな。下も見せなさい……ほら』 『ヤめろよ!!』 怖くなって突き放すと、我に帰った義父さんが、自分で自分のした事に驚いて、おろおろと焦っていた。 それでも行為はだんだんエスカレートして、閉め切った部屋で、仕事のある日もない日も、母さんに気づかれないように色んな所を触られた。 家に居る方が苦痛になってきた俺は、事情を()せて、担任にもう一度なんとか登校したいと訴えた。 すると当時の養護教諭の提案で、保健室登校が許可され、人目を気にせず遅れた勉強も少しずつ取り戻すことができた。 それに、放課後たまにやってくる保健委員の2つ歳上の先輩が優しくしてくれて、孤立しながらもちょっとずつ学校が楽しくなっていた。 『――琥珀、最近学校にちゃんと行けるようになって偉いぞ。でも父さん、可愛い琥珀に変な虫が付かないか、心配だなぁ』 相変わらず義父さんからのスキンシップは続いて、毎晩俺が眠る間際に、義父さんがベッドにやってくるようになった。 『琥珀もそろそろ、気持ちいいこと覚えような。これは母さんには聞けないことだしな。ほら、ここをこうして……』 『……ッ!!』 ――絶対に変だ。 頭では分かっているものの、義父さんは母さんの前では普段通りに(よそお)った。 俺も、母さんと唯斗の笑顔を見ると、後ろめたくて何も言い出せなかった。 『琥珀……可愛い……お尻を見せてごらん。ああ……なんでこんなに可愛いんだ……ちょっと我慢していなさい』 『やッ!どこ触っ!!……んんんッ!』 俺は口を(ふさ)がれて、初めて後ろに指を()れられた。 びっくりしてしばらく動けず、ひたすら()き回される恐怖と闘った。 『んーん!……んんんッッ!』 思わず泣くと、そこで初めて義父さんが正気に戻った。 『あ……ああッ……私は何を!……うわあああ!!』 ――バシン! パニックになった義父さんに(はた)かれて、ショックで言葉が出なかった。 目の前で父親が壊れていく姿を見て、どうすればいいのか分からなかった。 慌てて家を飛び出して、冬の寒空の下、公園の隅で震えて泣いた。 学校は嫌い。集団が苦手だ。 家の中は、義父さんが怖い。 でも、恥ずかしくて誰にも言えない。 俺は一体どうしたら良い――? それからは、義父さんがまるで二重人格のようになり、母さんをダシに俺を(おど)して、欲望のままに体を好きにした。 そして我に帰っては、またパニックを起こす日々が続いた。 『お前がいると、頭がおかしくなる――!』 辛そうに葛藤(かっとう)する義父さんは、とても見てはいられなかった。 殴られる度に、俺の中で何かが壊れていった。 耐えられず、俺は父さんがいない隙に家を出た事があった。 しばらく街で時間を潰した後、やっぱり母さんに心配をかけてはダメだと思い家に戻った。 ふと、リビングのガラス扉越しに、自分以外の3人が幸せそうに団欒(だんらん)する様子が見えた。 これが普通の、あたたかい家庭。 自分さえいなければ、義父さんがおかしくなることも、3人の日常が壊れることも無い。 突然、自分が不必要な存在に思えてしまった。 あの時の3人の笑顔が、今でも忘れられない。 その日を境に、俺は家出を繰り返すようになった――

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