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第42話 経過

(ひたい)を怪我したあの一件以来、あからさまに琥珀(こはく)を傷付けようとする客はいなかった。 「いい子だね。とても気に入ったよ」 「ありがとうございました」 下手に抵抗せず、できる限り客の要望を素直に受け入れる。 そうすれば余程のことがない限り、酷くされることは(ほとん)ど無い。 もちろんこの仕事を受け入れたわけではない。 それでも順応していくことで、客との間に不要な争いを生む頻度は格段に減っていた。 恥ずかしいことからも苦しいことからも逃げられないのなら、せめて自分が痛い思いをしなくて済むように努めよう。 琥珀の中で、大きな意識の変化が起きていた。 「もう少しで、日曜日だから――」 孤独な心を支える毎週日曜日の来訪者。 どれだけ疲れていても、ラスト1枠に必ず入った予約のことを思えば頑張れた。 「本谷(もとや)さん、おかえりなさい!」 琥珀は日曜の夜、扉が開く瞬間が好きだった。 思わず自分から駆け寄って、早く話そうと室内へ腕を引く。 「琥珀、会いたかった〜!」 スーツのまま職場から急いでやって来て、会える喜びを真っ直ぐに伝えてくれる人。 本谷は部屋に入るとすぐ、決まってその長身で琥珀を優しく抱きしめた。 琥珀にとって本谷と過ごすこの時間だけは、不安も悩みも、恐怖心からも、自由に解き放たれる瞬間だった。 「前より表情が明るくなりましたね。緊張がだいぶとれてきたのかな?」 「そ、そうかな?本谷さんの前だけ、だと思うよ。楽しい……から」 「……!琥珀!可愛いッ!」 この時間に救われていたのは、本谷もまた同じだった。 毎週、愛する人が元気で自分と会話をしてくれる。当たり前になりつつある日々に、幸せを噛み締めた。 「そろそろ、す、する……」 「琥珀、疲れてるなら無理しなくてもいいんですよ。顔が見られるだけで、私は満足ですから」 「できる……」 会話を一通り終えると、いつも琥珀から本谷を誘った。 「……いつもの、なら……平気」 「わかりました」 『いつもの』というのは、琥珀の弱いポイントを本谷なりにじっくり可愛がる軽めの行為なのだか、琥珀は会う度に恥ずかしそうにそれをねだった。 本谷は笑みを浮かべて、華奢な体を隅々まで愛撫する。 どこをどう触れば琥珀が気持ち()くなるか、何を言えば大人しく身を(ゆだ)ねるか、この数週間ですっかり熟知していた。 「はあ……あう……あッ、あッ、イっちゃっ……た……ハァ……ハァ」 「今日もたくさん出ましたね」 (きもちぃ……もう、終わっちゃった) 「おっと、もうすぐ時間です」 「……!」 ラストに入る本谷は、店の営業時間の都合でどうしても延長ができなかった。 「琥珀?起き上がれますか?」 「ん……」 「ふぅ、このまま琥珀を連れて帰りたい」 「……」 「ハッ!すいません!変なこと言いました!しっかり休んでくださいね。また来週、楽しみにしていますよ」 「うん。またね、本谷さん」 (行かないで) その一言を、琥珀は心の中で必死に押し殺した。 甘い時間とは反対に、琥珀にとってどうしても受け入れたくない瞬間があった。 「俺は大丈夫、元気でね。それじゃ――」 気丈に絞り出す言葉。 自分を偽ることに、罪悪感を覚える。 「電話は終わったな?脱げ」 「ッ……」 掻き分ける長い前髪から覗く冷ややかな視線は、琥珀を捕らえて離さない。 浮かべる笑みは妖艶だがどこか強くて恐ろしい。 「そこに手を付け。前と同じように言ってみろ」 「は、はい……」 組のトップである柚木(ゆずき)からの定期的な呼び出し。 身を隠すためのカモフラージュで実家へ連絡を入れて、その後執拗(しつよう)に抱き潰される。 琥珀は、この時間が嫌いだ。 「ホラ早く、足を開けよ?」 「……」 付き人達に四つん這いにされて、逃げることも許されない。 屈辱に耐える痩せた体は、小さく震え出した。 「い、()れてください……お願いします……」 無理矢理教え込まれたセリフを()わされると、柚木の調教が始まった。 「う……、痛ッ、ああッ」 「相変わらずキツいな。ローションを増やす。(ひろ)げ足りないか?まあいいだろう」 丁寧に慣らすこともしないまま、強引に貫かれ嬌声(きょうせい)を上げる。 「はうッ……アッ……ああッ、んんッ」 「そうだ、()け。どんどん(いや)らしい体になっちまって、お前はもう普通には生きていけねぇな」 無理矢理深くまで繋がれて、吐き気を伴う目眩(めまい)がするのに、体はビクビクと達してしまう。 付き人達は遠慮なく琥珀の体勢を変えて、手足を拘束し、股をぐっと割り開いた。 「や……やだ、まだ……イッたばっかり……」 「それがいいんだろ?」 「ああッ、んッ、もうダメェッ!」 「何度果てても、勃たなくなるくらい犯してやるよ」 柚木が琥珀を(いじ)め抜いて満足するまで、その行為は繰り返された。 「喜べ犬。今日は迎えにお前の大好きな樫原(カシハラ)を呼んであるぞ?」 「……ッ?!」 ――入っていいぞ」 「なッ!琥珀!!」 樫原の目に、柚木の膝の上で開脚したまま囚われ、ぐったりしている琥珀の姿が飛び込む。 「かし……はら……さ……」 柚木が(あご)を掴んで無理矢理顔を持ち上げると、(とろ)けて潤んだ瞳から、ポタポタと涙が落ちた。 「ほらコイツ……気持ち善さそうだろう?たまにこうして躾けてんだ。エロいだろ?」 「アッ……ア……」 ローションと精液に(まみ)れた後ろの穴に指を挿れて掻き回すと、(わず)かな力で琥珀が(あえ)いだ。 「見ろよ、いつの間にかメスイキできるようになってやがる。誰かこいつを開発したか?」 「柚木さんッ!もう十分でしょう、返してください!!」 樫原は声を荒げ、柚木に詰め寄る。 「言われなくても俺はもういい。後はテメェで連れ帰れ。あ、それと」 「?!」 「そろそろコイツに服を仕立ててやれ。店で着る衣装、支給品のパジャマしかねぇだろ」 「……」 柚木の思わぬ命令に、樫原は固まった。 「前に風呂の扉を壊した罰だ。自分達で買いに行け。上等なモンにしてやれよ」 「……わ、分かりました」 「――琥珀寝かせましたよー♪樫原さーん?」 軽快な声に、樫原はハッとする。 「ああ悪いミヤビ。来てくれてありがとな」 柚木の元から引き取った琥珀は、樫原の腕に抱かれると、安心したように眠ってしまった。 何も考えず、とりあえず琥珀の部屋へと運んだは良いものの、食事を買い忘れたことに気が付いた。 すぐに慌てて買いに出ようとしたのだが、眠ったままの琥珀に服を掴まれて動けなかった。 「まあ、普通に食ってたし!大丈夫でしょ♪」 「だといいな」 悪いと思いながらミヤビを呼びつけ、なんとか食事にありついた。 当の琥珀は満腹になって風呂にも入り、すでにぐっすり夢の中のようだ。 「……よく寝てる。最近店の方も頑張ってるみてぇだし。疲れてんだろうな」 「そうっすね、常連の客も付いてるみたいですし」 すやすやと眠る琥珀を見下ろして、樫原は安堵した。 「……ん?なんだこれ」 ふと、枕元の容器が目に入る。 「ああそれ、なんか琥珀が客から貰った菓子だそうです。すげぇ大事そうにしてたっすよ」 「……ほぉ」 樫原は物珍しそうに眺めた。 「樫原さん?嫉妬しちゃいますか?」 「うるせぇよ。つか、明日時間あるか?」 「え?明日は休みっすけど、どうかしましたか?」 「ちと買い物に付き合ってくんねーか?柚木さんの命令で、コイツの服を買いに行かなきゃなんねぇ」 「買い物!?」 ミヤビは意外な誘いに瞳を輝かせた。 「行く行くッ!行きます♡樫原さんのセンスじゃ心配ですもんねー!」 「あん……?」 「琥珀を普通に外へ連れ出せるなんて!めちゃくちゃ楽しみー!!」 「元はといえば、お前が風呂の扉を蹴り飛ばしてくれたせいなんだけどよ」 「オレが全力でお洒落に見立ててあげるっす♡」 樫原はやや不満だが、当然ながら若者の流行に関しては自信がない。 「まぁお前が居た方が琥珀も何かと言う事聞くしな。気分転換でもさせてやるか」 明日は、3人で買い物の予定――

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