46 / 56

第46話 渇望

――お前の実家周辺で、お前のことを嗅ぎ回ってやがる奴がいる」 「ッ?!」 「呼び出した理由はそれだ。オイ、誰が休んでいいっつった。集中してろよ」 「あッ……はぅ……んああッ!」 柚木(ゆずき)に組み敷かれた痩せた体が、硬いデスクに(こす)れる。 両脚を開かれ無理矢理貫かれる度、琥珀(こはく)は強い刺激に意識を奪われそうになっていた。 「なんて言ったかなぁ。お前と一緒に住んでた……ああ思い出した。水嶋(みずしま)だ」 「せ、先輩ッ!?あッ、あ、でるっ!!」 中学時代に加え、フリーターをしていた間にもお世話になった先輩の名を聞き、琥珀は取り乱した。 「コラ、勝手にイクんじゃねェよ。お前、これ誰に調教された?随分と後ろで感じやすくなったよなぁ」 「ふあ、やめッ、あううッ!!」 混乱の中、()り上がる快感を止めるように性器を握られ、琥珀は泣き声の混ざった喘ぎを漏らした。 「痛ェか……?安心しろ。お前の家族に接触された所でアリバイ工作は完璧だ。ここまで辿りつけるワケはねェ」 「う……うぅ……会わせ……て……」 「あ?」 朦朧とした様子で絞り出された声が、縋るように僅かに震える。 「一度、先輩に……会わせてくださ……い。そ……すれば、だいじょうぶ……に……」 「ハッ!ダメだ。どうせそのうち諦める。万一余計なマネをするようなら、脅してやるまでだ」 柚木はニヤリと嘲笑い、性器を握る手に力を込めた。 「うッ!痛ッ、はああッ!」 「お前は(オレら)の犬だ。誰にも渡さねェ。分かったな!」 「うっ、ううぅ……、ううぅ」 「このくらいのお預けで泣いてんじゃねぇよ。返事は?」 「……は、はいっ」 「いいだろう。オラ、イけよ!!」 性器が一気に解放され、同時に最奥まで貫かれる。 「ふッ!あ、あ、ああああああ!」 途端に()き止めていた快感が溢れ出し、琥珀は呆気(あっけ)なくその場に果ててしまった。 「オイ、終わりじゃねぇだろ?店で何を学んでる。俺がまだイッてねェだろうがよ」 「……?」 息を切らし、泣き疲れて(とろ)けた琥珀色の瞳が柚木を見上げた。 「仕方ねェ、そのままイイ子で感じてろよ」 琥珀は更に両脚を大きく割り開かれ、その表情が思わず恐怖に変わった。 「や、抜いて!今は、もうやめ――!!」 拒絶を無視し、熱を吐き出した敏感な体に再度強烈な刺激がもたらされる。 「アッ!――ッ!!!」 琥珀は全身をビクつかせ、声にならない悲鳴を上げて激しく悶える。 「力を抜けよ。怪我するぞ」 「――ッ!!」 あまりの刺激にビクビクと痙攣し、逃げ出そうとするが四肢に力が入らない。 柚木はなんとか抵抗しようとする痩せた体を構わず揺さぶり、満足するまで嬲り尽くした。 「……落ちたか。まあいい。面倒くせェことになる前にまた手を打ってやる」 手慣れたように後片付けを済ませると、デスクに力無く倒れたままの華奢な体に上着を掛けた。 眠ってしまった琥珀の顎を持ち上げ、舐めるように顔を近づける。 「琥珀。お前は従順な犬だ。俺がこのまま、飼い殺してやる――――こんな顔で、本谷さんに会いたくない。 琥珀は楽しみにしていた予約の時間を前に、情けなくて憂鬱だった。 柚木に無理矢理抱かれた後は、いつも決まって心も体も痛みでどうにかなりそうだ。 「はああ……。腫れてる。なんか赤いし……」 なんとか身支度を整えたはいいものの、泣き腫らした(まぶた)(こす)りすぎてヒリヒリしていた。 「本谷さん、心配するかな……はぁ」 琥珀は大きく溜め息を()いた。 ――コンコン。 「……ッ!」 「琥珀、お客様です。それではどうぞ、お楽しみくださいませ」 あっという間に時間は訪れ、琥珀は焦ってドアの前へ駆け寄った。 ガチャリと扉が開いて、2人の時間が始まりを告げる。 「わぁ!か、可愛い!!」 「うぶッ!」 もの凄い速さで抱きしめられて、琥珀の視界が奪われた。 「も、本谷さん?!ちょ、くるし……」 「なんですかこの服!!いつものサテンのパジャマじゃない!!」 「へ……?あ、そっか」 昨日、百貨店で買ってもらった服を早速着ていた琥珀に、本谷はいち早く飛びついた。 「琥珀が選んだんですか?可愛い!」 「……カッコイイ、でしょ!あと俺じゃないよ。選んでもらったの」 「そうなんですかー!」 上は襟付きの白い半袖ブラウス、下は7部丈の茶色いチェック柄のパンツを穿いていた。 上下ともレディースだと言う事は恥ずかしいので言えないが、想像以上に褒められて琥珀は戸惑った。 「選んだ人は、琥珀の魅力を良く分かっていますね!」 本谷は瞳をキラキラさせて、琥珀の新鮮な装いをウットリと眺めた。 「そ、そうかな……?まだ着慣れなくて。俺……ヘンじゃ、ない?」 「はい!サイズ感もピッタリです!特にそのズボン!琥珀の細い足首が出ていて、よく似合いますよ」 本谷に喜ばれ、琥珀は恥ずかしそうに頬を赤らめた。 「……アレ?琥珀!!」 「ん?どうしたの?」 「どうしたのじゃないですよ〜?何かあったんですか?その目」 「あ……」 服のことで意識が()れていたが、泣き腫らした顔をすぐさま指摘され、ギクリと固まる。 「ちょ、ちょっと目にゴミが入って擦っちゃっただけ。心配しないで」 「……」 気丈に振る舞う言葉を聞くと、本谷はおもむろにベッドに仰向けで横になり、琥珀を優しく手招いた。 「おいで。いつもみたいに、乗ってください」 「……ん」 琥珀は素直に本谷に抱きつくようにして体を重ねた。 本谷にきゅっと優しく抱きしめられて、安心感に心がじんわりとあたたまる。 「ハァァ。癒されます……」 本谷の口から、緩みきった声が漏れた。 大人しく腕の中に収まる琥珀を大事そうに撫でて、幸せそうに微笑む。 「ん……、なら良かった」 不思議だ――。 昨日、偶然催事場で見かけてしまったこの人は、確かに自分とはかけ離れた眩しい存在だった。 お客さんらしい沢山の女の人に囲まれていた。 誰からも親しまれて、誰にでも笑顔で……。 遠くに感じたその人が、今は自分のことだけを見ている。 琥珀は抱いてはいけない淡い想いを自らの中に感じ、形になる前に必死で押し殺した。 「ん……」 目の前の胸に顔を()り付け、本谷のシャツをギュっと握りしめる。 「そうだ琥珀……」 「なに……?」 「コースターは、上手く作れましたか?」 ――!!」 本谷の言葉に目を見開く。 思わず飛び起きて、慌てた拍子にベッドから転がり落ちそうになった。 「あっ、危ない琥珀!そんなに動揺しないでください」 琥珀は本谷に腕を引かれ、再び捕らわれてしまった。 「な、なんで?!気付いてたの?!俺ずっと顔隠して……」 「落ちついて。あんなに恥ずかしがってる子、他にいませんでしたもん。気になりますよそりゃ」 「へ……??ええっ?!」 本谷の顔を眺める琥珀の頬が、真っ赤に染まった。 琥珀は恥ずかしさのあまり、自分でも体温が上がっていくのが分かった。 「それに、私が琥珀に気付かないわけがないでしょう」 「……え」 「確信して、すぐにでも抱きしめたかったですよ!でもお連れ様もいたし、何より琥珀が必死そうだったので我慢しました。何か事情があるだろうし」 「……!!」 あの一瞬で、そこまで考えてくれたのか。 琥珀は恥ずかしさと同時に、驚きを隠せない。 「あのままあそこに居たら、多分私の方が危なかったです。ちょうど交代だったし、頭を冷やしに行きました」 困ったように笑う本谷を、琥珀は目を見開いて見ていた。 「琥珀、キスして」 「……?」 「我慢した、ご褒美をください」 優しい声で告げると、本谷は琥珀の頭を撫でた。 「あの時、本当に嬉しかった。偶然だとしても、琥珀が傍にいて、不思議な力にまた引き寄せてもらえたのかなって」 「本谷さん……」 「琥珀に会うだけで、私はどんな時でも幸せになれる。琥珀と過ごす時間が、何よりも嬉しいんです」 俺だって、嬉しい――。 琥珀は胸の中に浮かんだ熱をゆっくりと伝えるように、小さく口付けた。 そのまま自分からギュッと抱きつき、しばらく離れなかった。 「俺、勝手に諦めてた。俺なんかが店以外で本谷さんの目に映るなんて……絶対にダメだと……思っ……」 「琥珀……?」 会いたい人に堂々と会えないことは、とても寂しく、心が痛かった。 自分に関わって欲しくない。誰かを巻き込み、不幸になどしたくない。 「本谷さん……に、いつも会いたいのは……俺なの……に……」 小さな声は言葉に詰まりながら、次第に震えていった。 「琥珀、泣いてる?琥珀?」 「なんで俺は……こんな、犬で……俺……おれは……」 泣いてはいけないと思うほど、涙が溢れてもう止まらない。 自分が犬でさえなければ、この目の前の愛しい人に、素直な気持ちを伝えられるのに。 「もっと、ちゃんと……普通に出会いたかったよ……本谷さん……うわああああん」 感情が抑えきれず琥珀は嗚咽(おえつ)した。 琥珀の思い詰めた様子に、本谷はただ心配そうに強く抱きしめた。 「私はどんな琥珀でも愛しています。自分を責めちゃダメだ」 「うぅぅ……あああ……」 細い肩が可哀想なほど震え、白い頬は痛々しいほど赤く熱を帯びた。 大粒の涙に、本谷のシャツも濡れていく。 泣き崩れる体を必死に(なだ)め、全てに絶望しようとする潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめた。 「約束します。私は、キミを諦めない――

ともだちにシェアしよう!