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第49話 執着
日曜日が巡ってくる度に、やっぱり俺は本谷 さんのことが好きなのだと思い知る。
「ほぉら琥珀 くん、今日はどうして欲しい?素直に言ってごらん」
「……」
『触って欲しい』
それを言いたくなってしまうのは、いつだって本谷さんだけだ。
他の客に対して自分から触れて欲しいと強請 ったり、最後までしてもらうことを望んだりしたことは一度もない。
それどころか、嫌悪感だけが日増しに募っていくばかり。
「言えないのかい?じゃあせめてもうちょっと、お口を開けてくれないかな?いいだろう?キスしよう」
「……むぐッ」
客の男の硬い指に無理矢理口をこじ開けられ、覆い被さるように舌を入れられる。
「んんッッ!」
その息苦しさと不快感で、視界が一気に滲 んでいった。
「んーッ、んーッッ!」
「感じてるね?ちょっと苦しい方が好きだもんね?いじらしくて可愛いよ。下のお口もイジメてあげないと」
掌 全体で這うように下半身を弄 られ、グチュリという音が響く。
「や……ッ!あっ」
異物を挿入された尻に、神経が集中する。
男は1本、2本と指を増やした。
「こらこら、逃げようとしないで。まだ指だけだぞ?これから全身可愛がってあげるからね」
(キモチワルイ――)
目の前で興奮し続ける男の顔から目を背け、ひたすらに時間が過ぎ去るのを待った。
(嫌だよ……こんなの)
本谷さんを好きになればなるほど、この仕事が辛くて辛くて堪 らない。
(他の誰にもされたくない!!本谷さんじゃないと、俺は……ッ)
『俺のことダサいとか、馬鹿だなって思わないの――?』
本谷さんに全てを打ち明けた後、思わず聞いてしまったことがあった。
弱くて残念で、どうしようもないこんな自分をどうして好きになれるのか。
『だって、琥珀は誰かを困らせたんですか?迷惑を掛けたんですか?』
本谷さんは、穏やかな顔で笑っていた。
『ほら、誰も傷つけてないじゃないですか。何一つ、悪いことなんてしていないでしょう?』
誰かを殺めたり、陥れたりする人は沢山いる。
その気がなくたって、普通に生きているだけで、知らないうちに人は人を傷付ける。
でも、俺は違うのだと。
『私の大好きな琥珀は、とっても優しい子ですから』
本当に優しいのは、本谷さんだと思う。
何度も手を差し伸べられる度に、大事そうに抱きしめられる度に、俺は愛される喜びを知った。
『――未来は明るいです!』
塞ぎ込もうとする俺に真っ直ぐそう告げた、本谷さんの言葉を忘れない。
きっと、それは俺が1番欲しかった言葉だったのだろう。
正直明日なんて分からない。
一度道を誤ってしまった人生の、未来の価値さえ見出せない。
だけど絶望の中で、本谷さんの言葉だけが俺には響いた。
諦める必要なんてないのだと、教えてくれたんだ。
『俺も……ずっと一緒にいたいよ』
「――うッ!はげし……、ああッ!も……や……めて……くださ……いッ」
男に嵌 められたまま、揺さぶられる腰が熱を帯びて痺れる。
「こんなに感じまくって何を言っているんだい?琥珀くんの中はトロトロに絡み付いてくるよ。ハメて欲しかったんだろ?」
「アッ……そんな……こと……うあッ!」
心で否定しても、体が言うことを聞かない。
「アッ……んああっ、や……だ」
「素直に感じてなさい。ほら、深くするからな」
「やだ、やだ!うあああああ――ッ!」
仕事が終わって、自室に帰った。
相変わらず静かで無機質な広い部屋。
クタクタになった体は眠りを求めてシーツに沈んでいくが、求めるように枕元に置いたプラスチックの容器に手を伸ばす。
「……はむ」
琥珀糖を1つ頬張ると、シャリシャリとした食感の後に柔らかな甘さが広がって、すぐに溶けていった。
嬉しい時も辛い時も、本谷さんがくれたこの小さな1粒にどれだけ救われたか分からない。
――カラン。
容器の中で小さく乾いた音が鳴った。
「もう……なくなっちゃう」
勿体無くて1日1粒と決めた琥珀糖も、ついに最後の1粒になっていた。
「早く、会いたいよ……」
「お疲れ様でした――」
「本谷さん!今日は早いですね」
「ちょっと予定があって、お先に失礼します!」
バタバタと迎えた日曜日。
なんとか引き継ぎを済ませ、他のスタッフより一足先に退勤することができた。
「よし!琥珀の所へ行く前に、お土産買う時間もある。ここが百貨店で良かった〜」
現在担当しているワークショップは百貨店の催事スペースに出展している為、時間があれば地下のお菓子売場にも立ち寄れる。
見た目も華やかで美味しそうなお菓子がいくらでも見つかるので、琥珀に選ぶのが楽しみだ。
「あ……」
多くの客が寛 ぐ1階の広い待合スペース横で、記憶に残る青年の姿が目に留まる。
(あの子は、確か……)
柱に寄り掛かるように立っているその青年は、帽子を被っていて若く見える。
何もしていないようで、人々を鋭い眼差しで観察している。まるで、誰かを探しているように。
その姿は心なしか、前に見た時より必死さを感じた。
「あのぉ、何かお困りなんですか?」
「ッ!」
そっと近付き右側からゆっくり声をかけると、青年は驚いたように目を見開いた。
「いや、ずっとこのお店に通われてるみたいだったので、ええと……放っておけなくて」
「……」
「あ、すみません余計なことを」
お節介だと思いつつも、何かを探して張り込む彼が、なんとなく過去の自分と被って無視できない。
「あなたは、どちら様ですか?この店によくいらっしゃるんですか?」
青年の口調は利口そうで丁寧だった。
そして、近くで見るとやっぱり若い。
「私はええと、1ヶ月前くらいからこちらの百貨店に出入りしているただの外部の会社員です」
「……スタッフさん?じゃあお聞きしたいんですけど」
青年がズボンのポケットから出したスマートフォンの画面がキラリと反射した。
「この人達を、見たことありませんか?!」
「――ッ!」
画面に映った写真に思わず息を呑む。
(琥珀……!)
人混みの隙間から撮影されたのだろう。
少し分かりにくいが、肩にかかる薄茶色の髪から見える少女のような横顔。それは、間違いなく琥珀だった。
「……」
一緒に写っている金髪の若い男性は見たことがない。
琥珀よりもだいぶ背が高く、琥珀とはまた系統の違う華のある男性だった。
「この場所……」
「そうです!こちらの百貨店です!」
写真に写っているのはまさに今自分のいる待合スペースで、写真が撮られた時期が少し前なのか、派手な装飾のステージが写り込んでいる。
「こっちに写ってる、小さい方の子を探しているんです!髪が伸びてるけど俺には分かる。後輩なんです!たしかにここに来たみたいで、だから俺、ずっと……」
「……待っていたんですね」
初めて出会う、一般人で琥珀を知る人。
驚きと嬉しさが込み上げる。
「あいつ……黙って俺の傍にいればこんなことにならなかったのに。俺から離れるからいけないんだ」
(え……?)
青年の言葉に一瞬耳を疑った。
「見たことあるんですか?!ねえ!!」
興奮した青年に迫るように問われる。
その必死な形相は琥珀を心配しているというよりも、何かもっと強い執着に近いものが窺えた。
「……残念ながら、ちょっと見たことないですね。お客様も多すぎますし」
にこりと愛想笑いをし、咄嗟に嘘を吐 いてしまった。
「……ハ……ハハ。そう……ですか」
青年はふと、我に返ったように大人しくなった。
「お力になれずすみません。でも、この写真はどうされたんですか?」
「……?」
「私も、もしかしたらこの方々をお見かけできるかもしれないので」
「……これは、この辺りのスポットを調べている時に、SNSに上がってるのを偶然見つけたんです」
「……」
「こっちの金髪の人がカッコいいとかで結構拡散されてるんで、検索すればすぐ見つかりますよ」
青年は、肩を落として歩き始めた。
「あ、あの」
「心配して下さってありがとうございました。俺、今日はもう帰ります。寄りたいところもあるんで」
「……!そうですか、それじゃ」
青年は、フラフラと力無く店を出て行った。
戸惑いの中で、込み上げる衝動を抑えられない。
(ごめん琥珀――!!)
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