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第50話 失声

日曜日の20時前。 本谷(もとや)の予約に合わせ、琥珀(こはく)は身支度を整えていた。 「やった!もうすぐ。もうすぐ本谷さんに会える!この服に着替えて……それから……」 前の客の余韻を残さぬよう、室内の清掃にも気合が入る。 「うーん、なんかこの部屋空気がこもってる?消臭スプレー()いとこ!」 「おい、琥珀――」 「わッ!?」 いきなりガチャリと部屋の扉を開けられ、店長が顔を出した。 「女子みたいに支度してるとこ悪いが、この後の予約はキャンセルになったからな」 ――え?」 「さっき連絡が入った。ドタキャンすみませんだとよ。あの兄ちゃんにしては珍しいなぁ」 「そんな……なんでですか?!」 「仕事か何かだろう。あれだけ毎週通って下さってるんだ。たまには都合が悪くなることもあるだろうよ」 恰幅(かっぷく)の良い店長は扉にもたれたまま、特に気にしていない様子で淡々と告げた。 「それでだな、折角空きができたことだ。お前にはそろそろステップアップしてもらわないといけないからな」 「……?」 「まだ解禁してなかったろ、部屋。ほら、今から行くぞ」 「あの……部屋?」 「講習だ。いいから来い」 「やッ……なにす……、嫌だッ!」 (――このまま、一体どこまで行くつもりだ?) 本谷は琥珀のことを知る青年の後をつけ、地下鉄に揺られていた。 一度乗り換えてもう30分は経つ。 青年から感じた、琥珀への未練。 以前に少しだけ聞いた琥珀の過去を思い出す。 確か、琥珀は父親や先輩から性的虐待を受けたと言っていた。 2人の関係はまだ分からない。 それでも本谷は直感的に、青年を今追いかけないと後悔するような気がしていた。 (ハッ!動いた) 青年が電車を降りようとするのを確認し、距離を保って静かに後を追った。 「ここは、病院?」 地下鉄の駅と直結していたのは、この辺りでは1番大きな大学病院だった。 『回復期病棟――』 そう記されたフロアの廊下を、青年は躊躇なく進んで行く。 (どうしよう。こんな所まで入って来ちゃったんですけど) 「俺です。失礼します」 そう言って青年はとある病室へと入っていった。 「お見舞いか……?」 室内が気になるが、外からでは何も聞こえない。 聞き耳を立てるわけにもいかず、本谷はたまたま近くにあった自販機コーナーで人を待つフリをした。 (仕方がない……。にしても少し……長いな) 「"まもなく、20時です。面会終了時刻となります。面会にお越しの方は――"」 「かまいません!信じてもらえるまで、通いますから!!また来ます!」 院内放送をかき消すように、青年が叫びながら病室から飛び出して来た。 (え、もう20時?うわあッ!隠れなきゃ!!) 「クソッ……なんで、なんで誰も……信じてくれないんだよ」 (……?) 青年は悔しさに(さいな)まれるように頭を抱えた。 そのままやり場の無い感情を吐き出すように拳を壁に打ち付け、項垂(うなだ)れながら去って行った。 『朝霧瑠璃子(あさぎり るりこ)』 病室の入り口に掲げられたネームプレートを目に焼きつけて、本谷も病院を後にした。 「――ハァ、ハァ」 「いい恰好(かっこう)だなぁ?初めてこういう什器(じゅうき)に拘束される気分はどうだ?」 「うっ……くる……しい」 「普段使わない筋肉を使って、体が痛いだろ?お前は見てくれが良いから様になるぞ」 「や……見な……いで」 いつものプレイルームとは全く違う薄暗い部屋。首と手足を縛る枷。 椅子の上で開脚したまま拘束された琥珀は、局部が(あら)わにされ羞恥に(さいな)まれていた。 「どうだ?ここがSM専用ルームだ。お前は問題児だったが、前から可愛がってみたいとは思ってたんだよ」 「んあッ!」 店長が鎖を引くと華奢な腰がぐんと浮いて、アイマスクで塞がれた視界のせいか、酷く恐怖心を煽られる。 「痛い……のは……嫌……だ!」 「ハァ、やっぱり若い体はいいなぁ。乳首も可愛いし。どれ、弱いクリップくらい付けとくか」 「ッ!ひッ、はうっ」 「良い感度だ。さて、まずは尿道だな。一回くらい挿したことあるだろ?」 カチャカチャと不気味な金属音が鳴り響いた。 「尿……道……?や……!やめてください!!俺何も悪いことしてないのに!」 「ハハハ!そんなに怯えるな。誰も調教するなんて言ってないだろ?あくまでだ」 怖がる琥珀の体に、店長は容赦なくローションを注いだ。 「や、いやだ……!」 「拡張するけど慣れないだろうから細めのブジーにしてやる。泣き(わめ)いても大丈夫だぞ?この部屋は防音だからな」 ステンレス製の棒を性器の先端に押し当てられ、琥珀の手足が震え出す。 「……やだ……やだ……ふッ」 「ほぉらどうだ?」 「ぐッッ!ん、あ゛あッ!」 ツンとした耐えられない痛みが襲い、パニックで息が止まりそうになる。 そのままペニスの根本を革紐のようなもので縛られ、耐えきれずに悲鳴を上げた。 「うあ……あ……うわああああん!」 驚きのあまり泣きじゃくるその様を見て、店長は琥珀の顎を掴んで叱りつける。 「お前、もうすぐ二十歳(ハタチ)だろ?もうちょっと色気のある芝居をしてくれよ?お前が感じる姿を、客は(たの)しみたいんだぞ?」 そう言い聞かせるも、もちろん琥珀にそのような芸当などできるはずもない。 「ああ……あ……ッ!痛いよォ……抜いて……!!抜いてぇ!!」 「もうギブアップか情けない。仕方ないからコレも使ってやろう」 「なっなに?……んんッ!」 敏感な所を(えぐ)る冷たい感触。 「ひあッッ」 店長はクスコで琥珀の肛門を拡げると、薬液を染み込ませた綿棒で尻の中を大きく掻き回した。  「……ん!……ん」 「ちょっと我慢してろよぉ?」 クスコを抜き取ると、今度は取り出した錠剤のようなものを容赦なく押し入れようとする。 「やっ!な、なにす……ッ!」 「コラ動くな。普通の座薬よりちょいとデカいんでな。力抜いて、上手に飲み込め」 「や、指ッ、やめ……ひッ……うあああ」 生ぬるい異物に侵食される不快感に必死で身をよじるも、手足が拘束されていて上手く逃げられない。 「躾のためだ。イヤイヤばっかのお前には、これくらいが丁度いいだろ」 「ハァ、ハァ……うぅ……こわ……い……」 自由を奪われた視界の中で、次に何をされるか分からない恐怖が琥珀を襲う。 止まらない震えに加え、体中の性感帯がジンジンと熱くなって呼吸もままならない。 「あ……あう……ハッ……ハァ」 小さな唇から、唾液が(こぼ)れた。 「お前、やっぱり可愛いな。このいたいけな反応で、あの樫原(カシハラ)(ほだ)したのか?」 「なん……で、こんな……こと……する……の」 「そのうち()くなる。お前は教養もテクニックもねーんだ。でもこのビジュアルなら、オプションを増やすだけでもっと金になるからな」 ――ドクン。 「……ッ」 心臓がおかしい。 汗が止まらない。 吐き気がするのに、体が疼く。 乳首を挟むクリップも、尿道に刺さったブジーも、感覚がさっきまでと全然違う。 「ッア……ハァァ……嘘だ……ッ……こん、な……」 「本格的に回ってきたな?じゃあこの物欲しそうな穴でしっかり(くわ)えな」 店長は太いバイブを取り出して、琥珀の肛門へと強引に突き挿した。 「んッッ!……アン!あああ」 「ちょっと太すぎたか。ギチギチだな」 琥珀は薬のせいで感覚が過敏になり、普段の何倍にも刺激を感じるようになっていた。 「電源を入れてやろう。ほぉら、気持ちいいだろ?」 「アッ!アッ!た……すけ……てッ!しんじゃうぅッ!!」 「ハハハハハ!その怯えた表情たまんねぇな。こいつはいいや!明日から早速SM解禁してやろうか」 琥珀が暴れるので、鎖の擦れる音が激しく鳴り響いた。 「も、やら……やらあぁ!!」 「なにか言ったか?呂律(ろれつ)がおかしいぞ?」 張り詰める性器の痛みに耐えられず、琥珀は朦朧としながら何度も懇願するが、解放を許されない。 「ハァ……、ハァ……外してくらさい……イキたいれす……おねが……します……、イキたい……」 「ハハハ!辛そうだなぁ琥珀ゥ。それじゃあこのまま陰茎(コ コ)にこれを当てたらどうなると思う?」 その独特な電子音に、体が強張る。 「や、やら……やれす……らめえぇッッ!!」 「ん?好きだよなぁ?電マ」 ――ッッ」 声にならない悲鳴と共に、強烈な刺激が細い体を揺らした。 その新たな振動が、バイブと尿道に挿さったブジーに伝わり、突き上げるような快感になって込み上げる。 「さて、もっと鳴いてみるか?こうしてここを……」 「ん゛あッッ?!」 ブジーの先をトントンと叩かれて、拘束された体が一層苦しげに悶えた。 「どうだ?これでもかってくらい、前立腺に効いているだろう?」 「アッ!!アッ!らめぇ!あああン」 「ハハハ!いいだろう。そろそろ根本を解いてやる。抜くときはもっと感じるぞ?」 ――ッ!!!」 ブジーを引き抜かれる衝撃に鳥肌が立つ。 快感を孕んだ痛みに(おか)されたその瞬間、 琥珀は堪えていた全ての熱を解放して果てた。 ビクビクと痙攣する四肢に、白濁が散る。 「どうした?声にならないか。バイブは抜いて、次はここに俺のを入れてやろう」 ――涙なのか汗なのか、皮張りの拘束椅子の表面がびっしょりと濡れた頃、琥珀はイきすぎて意識を無くしていた。 「オイ、起きろ。トぶの何回目だ?講習はまだ終わってないぞ」 「……ッ……ッ」 「お前、声はどうした?喘いでみせろ」 「……あ、ゔ……カハッ!?……ッ」 「ハハ。こりゃ、しばらく樫原に会わせられんな」

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