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第55話 罰
2人だけの室内で、本谷 はゆっくりと切り出した。
「実は1つ気になる事があって……。琥珀 のお母様は、もしかして朝霧瑠璃子 さんというお名前ですか?」
「――その名前、どうして?!」
驚いた琥珀が、本谷の目を真っ直ぐに見つめた。
「……やっぱり。実は少し前に、琥珀を探している若い男性に出会ったんです。怪しまれないように後を付けたら……病院で」
「それ、先輩だ……!きっとまだ俺のこと探してるんだ。母さんの所にまで……!どうしよう、先輩や母さんを危険な目には遭わせられないよ」
不安そうな琥珀を宥 めながら、本谷はゆっくりと続けた。
「もちろんそのお2人のことは心配です。ただ、お母様が入院されていたのは回復期病棟でした」
「え……なに?それ」
「退院に向けてリハビリを行う病棟です。病状は分かりませんが、とりあえず復帰が近いということですよ」
「そうなんだ!俺が離れてる間に、母さん元気になってきてたんだ……良かった」
落ち着きを取り戻した琥珀は、僅 かに安堵の表情を浮かべた。
「その先輩というのは、以前琥珀が話してくれた中学時代の先輩ですか?」
「……うん、水嶋 先輩しか考えられない。組の人も言ってたんだ。俺の周辺を嗅ぎ回ってるって」
「そうでしたか……」
「父さんがあんな状態で……、母さんびっくりするだろうな……。こんな時に側に居られないなんて……」
俯 く小さな顔に影が落ちる。
複雑な思いで、本谷は琥珀の肩をさすった。
「俺、いつかちゃんと紹介したいな……本谷さんのこと」
「……?」
「母さんに伝えたいんだ。俺の大切な人だよって」
「――!」
「……本谷さん?何か言ってよ。俺、ヘンなこと言った?ねぇ?ねーってば!」
内心不安定なはずの恋人に不意打ちをくらい、本谷はしばらく固まっていた。
「もうッ!なんか恥ずかしいよぉ」
「ごめんなさい!……ありがとう。ありがとうございます。琥珀」
健気な恋人に、本谷の心が再び熱を帯びる。
「愛していますよ、琥珀」
「――あの、やっぱり私も行くべきなんじゃ」
「だめ!一人で戻る!!俺が勝手にしたことに、本谷 さんを巻き込めないよっ」
「でも……」
「……平気だよ。ここまで送ってくれてありがと」
午後7時を過ぎた頃、2人は雑居ビルに近い人気のない駐車場にいた。
「ホントにありがと!バイバイ、本谷さん」
「あ……」
日が落ちきった歓楽街のネオンの光に、琥珀の色素の薄い髪が透けて煌めく。
離れていこうとするその華奢な体は、まるで内側から発光しているかのように儚く美しかった。
「琥珀……ッ!」
たとえ一時的だったとしても、琥珀は組から逃亡してしまった。
少しでも罰を軽くできないかと、本谷は自分が琥珀を攫 ったことにして、擁護したいと申し出た。
けれど、本谷が組から目を付けられ娼館 を出入り禁止になっては悲しいと、琥珀はその提案を断った。
「……」
「……琥珀?」
ふいに、駆け出した琥珀の足がピタリと止まる。
くるりと体を翻 し、パタパタと本谷の元へ舞い戻った。
「やっぱり、あとちょっとだけ……おねがい」
「……!」
痩せた体が長身の本谷へすっぽりと収まるようにしがみつく。
「……このまま、もしこのまま会えなくっても、俺が強くいられるように」
不安に駆られる心を押し殺し、琥珀は精一杯の愛で本谷を感じた。
「約束を破った俺が、店にまた出してもらえるかも分からないから……だから……」
「……ッ!」
琥珀を抱き締める本谷の腕に力が入る。
「琥珀!一人で行かせてごめん!!」
「……そんなこと、本谷さんが謝らないで。俺、すごい怖いけど、今なら頑張れる気がするんだ」
「……?」
「嬉しかったよ。俺と生きていきたいって言ってくれたこと」
腕の中で、本谷を見上げた琥珀が穏やかにはにかんだ。
白い頬がうっすらと紅く色付き、瞬きの度に黄味がかった琥珀色の瞳がキラキラと輝く。
「んっ?!……本谷さ……はぅ」
その表情があまりに愛おしく、本谷は衝動のまま琥珀にキスをした。
「んんッ……はっ……ハァ。これ以上は、ダメ……だよ」
体温が上がる手前で、琥珀は必死に本谷を静止した。
「必ず迎えに行く。たとえもし会えなくなっても、どこへでも探しに行きます。必ず……必ず……ッ!」
「……うん。待ってるね」
互いの熱を分け合うように、2人は強く抱き合った。
「――あッ!!う゛……」
店の控室で数名のスタッフが見守る中、柚木 が琥珀の首筋を掴む。
「オイ犬。もう一度訊く。どこで誰に尻尾振ってやがった?ああん?」
「ハッ……!くッ……!……ッッ!!」
「柚木さん!!もう勘弁してやってください!!」
悲痛に響き渡ったのは樫原 の声だった。
力任せに何度も首を絞められ、琥珀は息ができずにひたすらもがいた。
「樫原の言う通りです!そんなにエスカレートしたら死んじまう!!」
普段琥珀をいびりたがる店長も、今日ばかりは青ざめた様子で思わずその光景に口を挟んだ。
「黙れ!!お前らは手ェ出すんじゃねぇぞ!!こいつは犬だ!俺の躾けをそこで見てろ!!」
「んんッッ……ご……めんな……さ……ッ……ハッ……カハッ……!」
裸に剥かれた白い体が必死に抵抗するも、柚木はそれを許さない。
「肝心な事は吐かねぇこいつが悪ィ。お前喋れるようになったんだろ?言えよ。それともこのまま人前でもっと嬲って欲しいか?ああ?」
壁に押し付けた軽い体は、片腕だけで簡単に持ち上がった。
「売りモンを傷付けたくねェからなぁ。外は汚せねェから、こうやって中を責めるしかねェよなぁ?」
「んんッ!!」
柚木が琥珀の首を絞めながら、もう片腕が後ろの敏感な穴を弄 り続ける。
指を激しく出し入れされる度に、ビクビクと薄い体が跳ねた。
「首を絞めるとこっちもよく締まるなァ」
「うっ……ッ!あ゛あ……ッ!!」
「見られて嬉しいか?お前の穴はもうぐちゃぐちゃだぞ?」
「……や……ちが……ンあ……!!」
腰が浮くほど一際深く奥まで突かれると、声にならない喘ぎとともに、涙と唾液がポタポタと床へ落ちていく。
「あ゛……!ハッ……あッあッア――ッ」
「イキやがった」
ビクンと大きく脈を打った性器から、白濁が溢れ出た。
「まぁコイツの体を調べるに、外でイイことしてきたわけではねェようだな」
「ハァ、ハァ……そ……な……こと……しな……い゛……」
「まあいい。アレ、持って来い」
柚木が指図すると、付き人の1人が紙袋から鉄製の首輪を取り出した。
「ほらよ、犬のお前にプレゼントだ。もっと早く着けてやれば良かったな」
ガチャン――。
乾いた金属音がその場に響き渡る。
「……?!」
柚木が琥珀の首から手を離すと同時に、琥珀の細い首へと鉄製の首輪が嵌 められた。
「な……に、これ……やっ!」
床にへたり込んだ琥珀が両腕でその輪を掴み、不快感から逃れようと試みる。
「ハハハ。それは絶対に外せねェよ。しかもGPSが付いてるから、お前はもう逃げられねェ」
「……そんな」
「益々犬らしくなったな。似合ってるぞ?」
「うぅッ」
付き人達が琥珀の体を背後から拘束し、柚木に差し出す。
「首輪のついでにもう1つ伝えてやる。お前はもう店には出なくていい。一般客相手のトレーニングは終わりだ。これからはその都度、俺の指示で動け。いいな」
琥珀の小さな顎を掴み上げ、柚木は不敵な笑みを浮かべていた。
「これからは各界の要人、つまりVIPだけが相手だ。俺の管理するショーに出してやってもいい。海外の政治家とも水面下で繋がってるからな。皆、お前をご所望だぜ?」
「店……に、出れ……ない?」
「そうだ。お前の本当の使い道はこれからだ。ここまで慣らしたその体、十分に活かせよ」
「そん……な……どう……して」
付き人達に捕らえられたままの薄い体が、ガクガクと震え出した。
「あーそうそう。お前の父親、お前を手放しても構わねェってよ」
「――?!」
「ゆくゆくは俺と養子縁組しような?」
「よ、養子縁組……?義父 さん……?どういう……こと?」
「あとは母親さえあのままくたばってくれれば、お前が手に入るんだけどなァ」
琥珀の頬を撫でながら、柚木が怒りを露わにする。
「まさか回復してくるとは。まあいい、病人の女1人消すくらい容易 いことだ」
「――!」
「行くぞ」
付き人達が手を離すと、琥珀の体は崩れるように床に落ちた。
「琥珀!!」
慌てた樫原が琥珀に駆け寄った。
「や……やだ……義父さん、母さん……俺のせいで……ッ」
混乱した琥珀の瞳から、次から次へと涙が溢れる。
「そういうことだ樫原ァ。こいつの父親の了承は取れてる。もうこいつは1週間後から俺の側に置く。このビルの部屋も必要なくなるから、片付けて構わねェ」
「なん……て、ことを――」
「なんで、せめてまだここに居たい……いやだよ!わあああああん!!」
樫原は泣き崩れる琥珀を抱え、言葉を失っていた。
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