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第2話
夕食は、煜瑾 の好きな上海料理店で、仲良く美味しいものを分かち合い、煜瑾の仕事の話や、これまであまり聞かなかった文維 のアメリカ留学時代の話で2人は大いに盛り上がり、いつになく楽しい夕食になった。これも、煜瑾の初めての仕事が一息ついて、緊張から解放されたためだと文維も安心する。
店を出て、煜瑾がふと夜空を見上げた。
遠くに月が輝いていた。
2人は並んでそれを見ると、すぐに互いの顔を見合わせて微笑んだ。
(月亮代表我的心 )
特に言葉を交わさなくても、2人には互いの言いたいことは分かっていた。
途中、お土産用にと花を売る少女がいた。それを見た煜瑾が足を止める。
「どうしました」
愛車レクサスの前で文維は振り返った。
「これ、全部下さい」
1輪ずつ包装した花を20本ほど煜瑾はまとめて買い、こんな立ち売りの少女でさえスマホ決済ができた。
「どうしたのです、花なんて」
車内で待っていた文維が言うと、煜瑾は笑った。
「だって、赤いチューリップの花言葉は『永遠の愛』なんですよ」
その言葉に文維も思い当たる。
煜瑾が文維に裏切られたと誤解して、傷付き、病に伏した時に小敏が用意したプレゼントの1つだ。
それ以上2人は何も言わず、北外灘の文維のアパートに向かった。
「ねえ、文維?」
「なんですか?」
正面を見てハンドルを握る文維の凛々しい横顔に見とれながら、煜瑾は声を掛けた。
「車の運転は楽しいですか?」
「そうですね。上海市内を走るのは神経を使いますが、郊外をのんびり走るのは楽しいですね。何?どこかドライブに行きたいのですか?」
文維の問いに、煜瑾は笑って答えなかった。
文維のアパートに着くと、煜瑾は嬉々として荷物を持って部屋に急ぐ。
その理由を察している文維も何も言わずに長い脚で後を追った。
文維の部屋に入るなり、煜瑾は荷物を放り出し、文維に縋りついた。
「文維!」
思えば、この1週間は、煜瑾は1人で嘉里公寓 の夜を過ごしていたのだ。
抱き合ったり、キスをしたりということは、煜瑾の部屋でもしたのだが、それ以上のことに進めるのは先週末以来だった。
「煜瑾…」
文維の吐息交じりのセクシーな声に、煜瑾は震えるほど官能を感じる。
自分の恋人が、これほどオスのフェロモンに満ちた濃艶な男だということに改めて気付く、まだまだ初心 な煜瑾だ。
「あ…だ、ダメ…。ダメです、文維」
玄関先で煜瑾の服に手を掛ける文維に、恥じらう煜瑾は抵抗する。
「なぜです?こんなに煜瑾に触れることが出来なかったのは、煜瑾の仕事が忙しすぎたからですよ」
「ご、ゴメンなさい…。でも…」
文維の手が腰のベルトに掛かって、さすがに煜瑾は慌ててしまう。
「大人しくしてください。これは、煜瑾が私を『お預け』にしたことに対する、『お仕置き』です」
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