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第8話
焼けた鉄板の上で、ジュージューと音を立てるステーキが運ばれて来た。小敏 は目を輝かせて喜んでいるが、文維 の顔はまだ晴れない。
「どんなプレゼントを買ってこようが、車には敵 わないだろう?」
無駄な男のプライドゆえの敗北感に打ちのめされ、文維は食欲も進まない。それでも熱々のステーキ皿の上のフレンチフライは1つだけ口に入れた。
「文維の価値はプライスレス。車なんかより価値があるだろう?」
肉汁滴 るステーキを頬張りながら励ましてくれる従弟 に、苦笑する余裕もない文維だ。
「そうは言っても…」
文維は何かを言いかけたものの、言葉を失い、やっとサーロインステーキにナイフを入れ、一口食べると黙って味わった。
「品物の値段で、煜瓔 お兄様に張り合おうなんて無意味でしょ。煜瑾 が喜んでくれたら、それでいいんだよ」
明快な小敏のアドバイスではあるが、理知的な文維もまた、頭では理解できている。それが割り切れないのが人間の感情の業 の深さだ。
「それは分かってるさ」
自棄 になったように、文維は急にガツガツとステーキを貪り始める。それを見守るように微笑みながら小敏は言った。
「なら、気負わないことだね」
気楽な小敏をチラリと睨みつつ、遅れた文維は目の前のランチを急いで片付ける。その間にも、小敏はセットのコーヒーに、追加でデザートのアイスクリームまで注文を済ませた。
アイスを待つ間、思い出したように小敏が告げる。
「ちなみに、文維のお母様は煜瑾に手作りのバースデーケーキを焼くって張り切ってた」
実子の文維よりも、よほど仲が良いのではないかと思える、文維の母と小敏である。
2人はお気に入りの煜瑾の誕生日の事も、文維の知らないところで話し合っているらしい。
「ケーキねえ…」
甘いものが苦手な文維は、母が嬉々として作る手作り菓子を食べることを強要されるのが何より困る。お嬢様育ちで、今でも少女のようなところがある文維の母は、自分の作ったお菓子を食べない息子に、本気で拗ねたりするからだ。
その手作り菓子が大好きな小敏と煜瑾は、今や母の大のお気に入りで、その煜瑾のバースデーケーキともなれば、どれほど気合を入れているか想像に難くない。
「文維も、何か手作りする?」
アイスの付いた唇をペロリと、どこかエロティックに舐めて、小敏は文維の様子を窺う。
「その才能があればね…」
学生時代から、頭脳明晰でスポーツも得意な、まさに文武両道の神童だった包文維だが、それ以外の芸術や技術的なことは平凡な才しか無いらしく、誰よりも劣るということは無いものの、これと言った特技は無かった。
「だね~。煜瑾は芸術的な才能に恵まれてるし、お兄さまが居れば経済的にも何不自由はないし、その気になれば何でも手に入るようだけど…」
少し落ち込む従兄 の顔をわざわざ覗き込んで、小敏は言った。
「その煜瑾が欲しいたった1つが、文維なんだからね」
「…光栄です」
皮肉交じりにそう答え、文維は小敏の分と2人分のランチ代を支払った。
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