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第9話
ランチを済ませた羽小敏 は、静安寺 の前で午後からの診察にクリニックに戻る文維 を見送った。それから1人でのんびりと近くの久光百貨 まで移動し、デパートの店内を見て回った。
気に入ったジャケットを買い、それに合うような靴の試着をしていた時に、小敏のスマホが鳴った。
「ああ、お仕事終わった?お疲れ様。ボクは今、静安寺の久光にいるよ」
電話の相手は、つい先ほどまで一緒だった従兄 の最愛の恋人だった。
「じゃあ、嘉里中心 の、いつものカフェで待ってる」
そう言って電話を切ると、小敏は楽しそうにデパートを出て、斜め向かいの大きなショッピングモールに向かった。
時刻は、午後2時。先ほどランチを食べ終えたばかりの気もしたが、小敏は待ち合わせのカフェに到着すると、メニューを端から端までじっくりと読み込み、フルーツたっぷりのプリンパフェを注文した。
やがて、パフェと待ち人がほぼ同時に小敏の前に現れた。
「あ~。小敏のパフェ美味しそうですね…」
小敏の正面に座った唐煜瑾 は、羨ましそうにキレイに盛り付けられたパフェを見つめる。
「煜瑾も注文する?」
「でも…」
今日は、仕事の打ち合わせを兼ねたビジネスランチを済ませたばかりの煜瑾は、このボリュームのパフェを食べ切る自信が無かった。
「じゃあ、コレを一緒に食べよう」
まるで女学生のように、顔を寄せ合い、2人はパフェをシェアすることにした。スプーンと取り皿を追加してもらい、煜瑾はアップルキャロットジュースだけを注文した。
「いただきますっ」
いつものように小敏に譲られて、煜瑾はパフェの最初のひと口をスプーンに取った。
「あ~、このプリン、しっかりタマゴの味がして美味しい~」
まるで蕩けそうな表情で煜瑾が言うと、小敏も幸せそうに見つめる。
「小敏も食べて下さい」
「うん。じゃあ、このメロンもらっていい?」
「もちろんです。小敏はメロンが好きですもんね」
2人は楽しそうにパフェを食べていたが、落ち着くと、真面目な顔になった。
「それで…文維 はどうでした?」
心配そうに煜瑾が尋ねると、親友から依頼を受けたスパイ役の小敏は、難しい顔をして頷いた。
「確かに、煜瑾の誕生日の事でかなり悩んでたよ」
「やっぱり…。週末に、お兄さまのプレゼントの話をして以来、何かが変な気がして…」
煜瑾は、そう言ってその美貌を曇らせた。
「ああ、煜瓔お兄さまからのプレゼントって、車なんだって?」
「文維から聞いたのですか。…そうなのです。私が望んだわけではなく、お兄さまのお好みに過ぎないのに…。まさか文維がそんなに気にするなんて、思いもしませんでした…」
でしょうね、と小敏は肩を竦めるが煜瑾は気が付かない。無垢で、純真な煜瑾が、文維の複雑な感情を理解できるとは思っていない。
「ねえ、煜瑾から文維に欲しいものをおねだりしてみたらどうかな?」
小敏の提案にも、煜瑾は納得できない様子だった。
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