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第10話
「私には欲しい物などありません。…文維 だけ…。文維が手に届く場所にいてくれることが、幸せなのです」
思い詰めた煜瑾 の顔から、小敏 は魅せられたように視線を動かせない。
高貴で精緻な美しい顔立ち。憂いを見せたその美貌は、以前のような清純さだけでなく、文維に愛されることで醸し出された艶麗さも感じさせる。
愛し合う至福の恋は、これほどに煜瑾を美しくしたのだ。
「じゃあ、文維の全部を煜瑾のモノにしちゃう?」
「?今でも文維は私の物ですよ?」
何の疑いも無く、素直に煜瑾は口にする。それがあまりにも無垢で小敏は頬が緩むが、煜瑾もつられたように、優雅な笑みを浮かべる。
「そうだけど…。もっと、文維が煜瑾に夢中になったらどうする?」
「そ、それは…、少しドキドキします」
真っ赤になった純情な煜瑾が可愛くて、小敏も満面の笑顔になる。
「じゃあ、誕生日には、こう言うんだ。『文維の全てが欲しい』って…」
「な、なんか恥ずかしいです…」
「『今夜の文維は、全て煜瑾のものです』って…」
もうこれ以上は耐えられないというほど恥ずかしがった煜瑾は、大好きなイチゴを咥えたまま俯いてしまう。
「ねえ…、続きは煜瑾の部屋に行こうよ。ここじゃ、ちょっとボクだって言いにくい」
チラリと上目遣いで小敏を見て、煜瑾は小さく頷いた。
***
文維は午後6時半には仕事を終え、煜瑾が待つ嘉里公寓 へ向かったが、ふと思いついて途中の日系デパート、久光百貨 に立ち寄った。
ゆっくり歩きながら、煜瑾が好みそうなものはないかと探しあぐねる。
けれど、どうしても唐煜瓔がプレゼントするという高級車が気になって、どれも陳腐に見えてしまう。
紳士用品の売り場を歩きながら、文維は自分のスーツのジャケットの襟に手を掛けた。
そこにあるのは、煜瑾が文維の誕生日にプレゼントしてくれたシルバーのピンブローチだ。とても美しく、上品で、煜瑾そのもののような気がする。けれど、煜瑾はこんな冷ややかではなく、もっと温かく、優しく、甘いのだと、文維は知っている。
(プレゼントは、何がいいですか?)
自分の誕生日の1か月前に、煜瑾が質問したのを文維は思い出した。
(何もいりません)
煜瑾の問いに文維はそう答えた。
そう、愛する煜瑾が傍にいてくれたら、それだけで良かった。プレゼントなど物質的なものは問題ではないのだ。
きっと煜瑾も自分と同じなのだと、文維は冷静になった。
フッと文維は笑った。
今や唐煜瓔 は、高額なプレゼントでしか弟・煜瑾の歓心を買えない。だが、深い愛情で繋がる文維と煜瑾の間には、目に見えるものなど必要はないのだと気付く。
ようやく自分を取り戻した文維は、煜瑾の許へと戻ろうとして踵を返すなり、ハッとして足を止めた。
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