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第13話

 インテリアデザイナー・唐煜瑾(とう・いくきん)が生れて初めてデザインした、日本製文具のセレクトショップがオープンした。  事前に話題になっていたせいで、11時のオープニングセレモニーを前に、10時には人が集まり始め、煜瑾が現地に到着した時には、マスコミや消費者、ただの野次馬まで集まり、ごった返していた。 「煜瑾~!」  どうすればいいのか、少し離れたところで戸惑っていた煜瑾を見つけたのは、一緒にここまで仕事をしてきた桜花企画活動公司(サクラ・イベントオフィス)百瀬(ももせ)石一海(シー・イーハイ)だった。 「すごい人ですね」  初めてのことで興奮気味の煜瑾だが、その原因の一端に自分が影響していることに、全く気付いていない。 「そりゃあ、『唐家の深窓の王子様』のデビューですからね」 「え?」  うっかり口を滑らせた一海を肘鉄し、百瀬は取り繕うように笑った。 「唐煜瑾?」  記者証を首から下げ、スマホで撮影していた女性が気付いて、3人を振り返った。 「え?唐煜瑾ですって?」「あの唐家の御曹司が来ているのか?」 「『唐家の王子様』がいるの?」「『唐家の深窓の王子』だろう?」 「『唐家の至宝』と呼ばれるほどの美青年なんだろう?」  一瞬でその場にいた、ほぼ全員が煜瑾に注目する。その視線に動揺する煜瑾を見て、百瀬と一海は慌てた。 「行くわよ、一海(イーハイ)」「はい、茉莎実(まさみ)先輩!」  2人は煜瑾の左右に寄り添い、しっかりとガードをして、マスコミや一般人の好奇の眼差しから逃れ、ショップの中へと無事に誘導した。 「ふう~。煜瑾が無事で良かった」  思わず声に出した百瀬の本音に、煜瑾は自分を守ってくれた仲間に感謝した。 「ありがとうございます、百瀬さん、石一海さん」  典雅な笑みの貴公子の謝辞に、百瀬も一海も蕩けそうに嬉しくなる。まるで天使からの恩寵だった。 「これからも、煜瑾とは一緒に仕事したいよ。それ以前に、友達になりたいから、私たちの事は、もっと親しく呼んでね」  百瀬が、親友の羽小敏と似たような人の良さそうな笑顔を浮かべるのを見て、煜瑾は嬉しそうに微笑んだ。 「私の事は、『茉莎実』って呼んでね」 「僕のことは、『一海』って呼んで下さい」  煜瑾は、初めて職場での「友達」が出来たと思った。  兄の会社に席を置いていた頃にも、兄の秘書たちを親しく言葉を交わすことはあっても、彼らは職場の「友達」ではなかった。  文維と結ばれ、新しい人生がスタートし、やりがいのある仕事も、友達も手に入れた。それが欲しいとも思わず、必要だとも知らずに生きてきた煜瑾だった。  今、唐煜瑾は、生れて来た意味と幸せを感じていた。

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