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第19話

「ん…、ぅ、ん…」  くすぐったいのか、煜瑾(いくきん)は愛らしい笑みを浮かべたまま寝がえりを打った。  かつてロシアに旅行に行ったことがある包文維(ほう・ぶんい)は、ふと目に焼き付いていた光景を思い出した。  ロシアのサンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館に、窓辺で微睡(まどろ)む天使の像が2体、建物の東西にそれぞれにある。  小さな幼子(おさなご)の姿をしている天使が眠る像なのだが、片やこれから目覚めようとする「暁の天使」で、もう一方はこれから眠りにつく「宵の天使」だ。  目立たない窓辺に、これほど純真な天使が、ひっそりと存在していることが、なぜか文維は忘れがたく、その美しさを心の片隅に留め置いていた。  今の煜瑾は、さながらその「暁の天使」のように、眠りの妖精と戯れながら、目覚めようとしている。 (美しい、愛し児…、穢れを知らない、本物の天使…)  愛する煜瑾を見詰めながら、文維は至福の想いを噛み締めていた。 「…文維…?」  こんな寝起きの、ボンヤリした顔まで、煜瑾は美しいと文維は思った。 「まだ早いですよ。寝ていて下さい」 「…文維は?」  あどけない声で囁く煜瑾だが、どこか艶めかしい響きもあって文維はドキリとする。 「私は、時間まで君の寝顔を見ていたい…」 「…もう…。ふふふ」  上海セレブの誰もが注目するモテ男「だった」包文維が、本領を発揮するような甘くキザなセリフに、初心(うぶ)な煜瑾は恥ずかしそうにウットリする。  すっかり目を覚ましたらしい煜瑾は、着痩せして華奢に見える文維の、本当は鍛えられた逞しい筋肉を持つ、男らしいセクシーな肉体にギュッとしがみ付いた。激しい「運動」の後で、うっすら汗の匂いがする。そのフェロモンに、煜瑾は酔わされる。  甘える煜瑾が可愛くて、愛しくて、文維もまた煜瑾の薄っすらピンクに染まる過敏なカラダを抱き寄せる。 「文維?」 「なんですか?」 「今週末、お義母さまが私の誕生パーティーをして下さいます」  楽しみにしていることを隠せずに、ニコニコと煜瑾が言うと、文維も嬉しそうに笑った。 「そうですね。小敏(しょうびん)と一緒になって、煜瑾を喜ばせるのだと張り切っているようですよ」 「嬉しいです、とっても」  家族と言えば、兄の絶大な愛情しか知らない煜瑾だが、文維の恋人となることで、「父」や「母」と呼べる人が出来たことが素直に嬉しかった。 「それで…。お願いがあるのですけれど」 「ん?」  煜瑾の体温を全身で感じて、文維は我慢できずに美しい顔に口付けを繰り返した。 「あ…、あ、ん…。ダメです。最後まで話を聞いて下さい…」 「聞いていますよ」  言いながらも文維は煜瑾へのキスを止められない。煜瑾も諦めたのか、そのまま言葉を続けることにした。 「お誕生パーティーに、招待したい人がいるのです」 「煜瑾のためのパーティーですから、煜瑾の好きな人を呼べばいいですよ」 「よかった。でも、お義母さまにちゃんとお許しを取っていただけますか?」  真面目できちんとした優等生の煜瑾らしい申し出に、文維は苦笑した。 「大丈夫。私ではなく、煜瑾から母に言えばいいですよ。今では私よりも煜瑾と話す方が、母も楽しいようですし」  そう言われて、煜瑾は嬉しくて満面の笑みを浮かべた。

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