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第20話
まだ朝6時前で、外は薄暗いのだが、文維 と煜瑾 はベッドの上に起き出した。
肩を寄せ合い、それだけで満ち足りた表情になる睦まじい2人だ。
「で、煜瑾は誰を呼びたいのですか?」
元々人見知りが激しく、「深窓の王子」であった煜瑾の交友関係はそれほど広くない。全てを知っているつもりだった文維だが、最近は煜瑾もフリーのインテリアデザイナーとして活躍の場を拡げ、仕事上の人間関係も広がった。
それでも、文維という心の安定を得た今では、煜瑾は生来の聡明さや気高さもあって、仕事上の人間関係も驚くほど順調だという。
「申玄紀 と、…」
文維に訊かれて、煜瑾も改めて指を折り、自分の誕生日を祝って欲しい「友達」を数え始めた。
「お兄さまです」
「え!煜瓔 お兄様ですか?」
なんとなくぎこちない関係の煜瑾の兄が呼ばれるとは文維も以外だった。
一度、唐家のサンルームで一緒にランチをして以来、以前ほど苦手意識はないが、煜瑾を愛する者同士、2人きりになると、なんとは無しに気まずい関係ではある。
もちろん賢明な精神科医である文維が、唐煜瓔に対して無礼な態度を取るはずがない。なので、煜瑾が2人の微妙な関係に気付くはずがなかった。
煜瑾にとって、大好きなお兄さまと最愛の文維は仲良しであると信じていて、それが幸せだった。
「…はい…。お兄様に、私がどれほどお義母 さまやお義父 さまに親切にしていただいているか、知っていただきたいのです。…私が、どんなに幸せなのか、お兄さまにはお知らせしたいのです」
「……」
急に黙り込んだ恋人に、煜瑾は顔を覗き込んだ。
「文維?」
ボンヤリしていた文維は、慌てて作り笑顔になって、気になっていたことを聞き返した。
「お兄さまのプレゼントはどうなりました?」
「ああ…。あれは…」
優しい笑みを浮かべていた煜瑾が、少し口元を歪めた。
「?」
「お断りしました。だって…」
煜瑾はちょっと困った顔をして文維を見つめる。それが可愛らしくて文維も微笑む。
「実は…お兄さまが、私に車を買おうとした理由が分かりました」
「理由、ですか?」
「お兄さまはこうおっしゃったのです。『煜瑾も自分の車があれば、もう包文維の車に乗る必要はなくなるでしょう?』って。お兄様は、私が文維の助手席に座ることを邪魔したいのです」
煜瑾は兄の姑息な思惑に不満があるようだ。一方の文維は、そこまで必死な煜瓔が、どこか可愛らしく思えた。
「私は自分の車で、1人で行きたい所なんてありません。文維の隣で、どこかロマンチックな所に行く方がずっと魅力的です」
ちょっと拗ねたように言う煜瑾を、文維はソッと抱き寄せた。
「ふふふ。煜瑾の運転で、私が助手席に座るという楽しみもありますよ」
「…その点は、私も考えました。免許だけ取得すれば、それは解決です」
無邪気な煜瑾の言葉に微笑みながら、文維は内心焦っていた。
(う~ん、初心者の煜瑾に、私のレクサスのハンドルを握らせるわけですか…)
だが文維は思い直し、煜瑾にキスをした。
「助手席なんて、どうでもいい…」
甘く、満ち足りた口づけの後、文維は幸せそうに囁いた。
「私の人生には、いつでも煜瑾が隣にいてくれる…」
「文維…。ずっと、ずっと、一緒ですよ…」
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