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第25話

「ねえ、文維(ぶんい)…」  取り残された煜瑾(いくきん)が、小声で「婚約者」に囁いた。 「何?」 「一緒に抜け出しませんか?」 「え?」  驚く文維の手を取ると、煜瑾は笑いながら、ソッとパーティーから抜け出し、庭の奥へと向かった。  2人だけで広い庭を歩き、木立を抜け、誰も居ない拓けた場所に出た。 「本当に、広大な庭ですね」  文維が驚いたように言うと、煜瑾はクスクスと笑った。 「ほら、ここです…」  気が付くと、植え込みが続いていると思っていた文維だが、そこは巧みに目隠しされた細い小路があり、その先に瀟洒なゲストハウスが建っていた。 「以前は海外からのお客様が、上海で滞在される時にここを利用されることもあったのですが、最近は上海の高級ホテルの方がお客様にも人気なので…」  そう言いながらドアの前まで来ると、煜瑾は茶目っ気たっぷりのカワイイ顔で、ポケットから鍵を取り出した。  そしてドアを開けると、そこは吹き抜けのある開放的で明るいリビングだった。 「ステキなゲストハウスですね」 「お気に召しましたか?」  悪戯を楽しむ子供のようにクスクス笑いながら、煜瑾は文維の手を引いて部屋の奥へと案内する。 「キッチンとダイニングは、こちらです。マカオから取り寄せた、ポルトガル調のタイルは私が選んだのですよ」  新進のインテリアデザイナーとしては、自信作なのか、表情に現れている。 「素晴らしいですね。明るく楽しい朝食にピッタリのキッチンだ」  文維も、決して恋人に媚びるわけでも無く、正直に感想を述べた。 「それから、階段の向こうには遊戯室があって、2階には寝室が2つあります」 「最近のゲストはホテルに宿泊するのでしょう?随分とこのゲストハウスはキレイですね」  文維の言葉に、煜瑾は少しはにかんだ表情を浮かべた。  そして文維の前に握った手を差し出し、不思議そうな文維の顔の前でパッと手を開いた。 「鍵?」  目の前に現れた物の意味が分からず、文維は煜瑾の美しい顔をジッと見る。 「今日からここは、文維のお部屋ですよ」 「へ?」  思いも寄らない一言に、文維は、らしくないような間抜けた声を出した。 「文維は、もう唐家の家族です。なので、お兄さまが文維だけのお部屋を用意して下さったのです。それから私がデザインして、改装してもらいました」  嬉しそうにそれだけ言うと、煜瑾はちょっと困ったような顔をした。 「母屋のお部屋をご用意していただけないのは…少しイジワルですけど…」  煜瑾と同様に、文維も困ったような顔をして見せる。  顔を見合わせた2人は、フッと破顔する。それから楽しそうに笑いながら、2階の寝室の見学に向かった。

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