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第29話

「お母さまもきっと、私が幸せになって喜んで下さっているはずです」  輝くばかりの煜瑾(いくきん)の笑顔に、文維(ぶんい)も嬉しかった。  これまで、何に対しても、誰に対しても、胸を焦がすということを知らない文維だった。それが、煜瑾と出会ったことで、執着や嫉妬や喜びも悲しみも、何もかも人らしい感情を知った気がした。それが幸せなことなのだとも。 「私は、煜瑾のお母さまにも誓います。一生煜瑾を愛し続けます。精一杯の力で煜瑾を幸せにする努力をします」  微笑む文維に、煜瑾は嬉しさのあまり抱き付いてキスをした。 「嬉しいです、文維」  互いの存在を確かめ、それが手の中にあることを喜び、この幸せが永遠に続くことを信じて、この上なく満ち足りた気持ちだった。 「さあ、みんなが今日の主役を待っていますよ。会場に戻りましょう」  文維が煜瑾の手を取った。 「あ!」  煜瑾が何かに気付いて足を止めた。  そこに園芸ばさみを見つけ、煜瑾は咲きかけのバラを一輪カットした。 「いいのですか、大切なバラを切ってしまって?」  煜瑾はバラの香りを嗅ぎながら、愛しい人を振り返った。 「いいのです。お兄様も時々バラを切ってお部屋に飾って下さいます」  そして、煜瑾は文維のジャケットの襟にバラを差した。 「これで、今年最高の私へのバースデープレゼントの出来上がりです」 ***  煜瑾が会場に戻ると、待ちかねた面々が歓声を上げた。 「あ、煜瑾!遅いよ~」「どこに行っていたの、煜瑾ちゃん」「みなさまお待ちかねですよ、煜瑾坊ちゃま」  煜瑾は、自分たちを愛し、受け入れてくれる人々に迎えられ、嬉しさのあまり頬を染め、文維の手を強く握った。 「ゴメンなさい、小敏」  はにかみながら小さい声で言った煜瑾に、小敏も明るい笑顔で迎え、すぐにいつもの悪戯っ子の表情になり、文維を見た。 「今日の主役を独り占めなんてズルいよ」  文維は笑顔で応え、煜瑾を人の輪の中へ送った。  人々に囲まれ、煜瑾は本物の王子のように高貴で優雅に佇んでいた。それを少し離れて見守る文維の眼も穏やかだ。 「煜瑾ちゃん、みんなからのプレゼントを開けて見せてちょうだい」  文維の母、包夫人にそう言われ、煜瑾はチラリと文維に視線を送り、文維が頷くとふんわりした美しい微笑みを浮かべ、プレゼントが山積みになったテーブルへと近寄った。

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