34 / 36

第34話

(本当に、この世のものとは思えぬほど、美しい子だ…)  出会った頃から、文維(ぶんい)が胸の内で繰り返してきた言葉だ。  だが、唐煜瑾(とう・いくきん)がこれほど美しいのは、造形だけではないことを文維はよく知っている。  多感な時にあれほど恐ろしい目に遭っていながら、煜瑾の魂は穢れることなく、清らかで、高貴なままだった。清純で高潔な天使の心を煜瑾だからこそ、この美貌も輝き、文維の冷ややかな心を動かすことが出来たのだ。  文維は改めて感じた。 (この子には私が必要だった。そして、私もまた、煜瑾が必要だった…)  互いが互いを必要として、惹かれ合い、求め合い、1つになることは、ごく自然で、必然なことだと文維は確信した。 「煜瑾がそこに居てくれて、本当に良かった」  文維の言葉が、とても深く、切ない響きに聞こえて、煜瑾は不安になった。 「文維?私はいつでもあなたの傍にいますよ?」  少し背の高いベッドの上に文維は腰を下ろした。ふっくらした真綿の布団の下のスプリングはしっかりしていて、柔らかすぎるという寝台ではない。  長い脚をベッドに上げ、枕元にミネラルウォーターを放り投げると、文維は煜瑾の方を向いて両手を広げた。 「おいで」  煜瑾は何も言わずに広々としたキングサイズのベッドの上を、這うようにして文維の腕の中へと急ぐ。  一瞬文維が視線を動かすと、ピンクのケーキはサイドテーブルの上にオブジェのように飾られていた。 「文維!」  飛び込んできた煜瑾を、逞しいその腕でしっかりと受け止め、文維は白い額に口付けた。 「煜瑾が居ないと、私は私で居られない」 「哲学的なお話ですか?」  煜瑾が不思議そうな目で愛しい人を見つめている。 「いえ、極めて現実的な話ですよ」  文維はそう言って、煜瑾をベッドに仰向けに寝かせ、自分はその上に覆い被さった。 「文維…」  愛する人の重さと体温が煜瑾を幸せに満たす。 「ちょっと、待って下さいね」  スマートな文維にしては珍しく、ちょっともたつきながら煜瑾から離れ、すぐに戻った。 「さあ、どうぞ」  そう言って文維がピンクのクリームに塗れた指を差し出すと、はにかみながらも煜瑾はそれを口に(くわ)えた。  クチュクチュと音を立てて、ねぶり、舐め、夢中になって文維の指に吸いつく煜瑾は、まるで無心の赤子のようで、幼気(いたいけ)で文維の胸を締め付けるようだ。 「カワイイ…」  堪らずに、文維は指を引き抜き、代わりに自分の唇を煜瑾の濡れた甘い唇に押し付けた。 「…っん、…っう…」  文維の激しい要求に、煜瑾は付いて行くのに必死だった。

ともだちにシェアしよう!