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ー 初夏の候 ③ ★

その日の夜、海人は自室のベッドに入って本を読んでいた。 明かりは燭台(しょくだい)に灯された三本の蝋燭(ろうそく)の火だけだ。 こちらの世界に来たばかりの頃は暗いと思っていたが、半年以上も経つと目が慣れた。 字も十分に見えるが、まだ覚えていない単語も多かった。 テレビや音楽のない静かな夜を過ごしていると、扉を叩く音がした。 「カイト。いいか」 イリアスだ。海人の胸が鳴ったが、平静を装った。 「どうぞ」 木製の扉が開き、寝衣をまとったイリアスが入ってきた。 カイトは開いていた本を脇に置いた。イリアスはベッドに腰かけると、その本を手に取った。 「おとぎ話か。懐かしい」 「うん。グレンさんがこれなら読みやすいだろうって」 「読めたか?」 「あ~。半分くらい、まだわかんない」 海人が苦笑交じりに答えると、イリアスは、ふ、と笑った。 どきっとする。 金色の髪に端整な顔。普段は表情が読めず、笑うことも滅多にないのだが、海人と二人きりのときは、笑ってくれるようになった。 イリアスは本をベッド脇の小机に置くと、その手で海人の頬を触った。 鼓動が速くなる。 蝋燭(ろうそく)の灯りが揺れ、イリアスの顔の(かげ)りが深くなった。 「これから先、怖い思いをさせるかもしれん」 昼間に話のあった、魔獣討伐のことだろう。海人は灰色の瞳をのぞき込み、微笑んだ。 「大丈夫。イリアスがいるから怖くない。守ってくれるんでしょ」 本心だった。この人の圧倒的な強さはよく知っている。 イリアスは返事の代わりに、海人に口づけた。海人もキスを待っていた。 舌が深く入ってきて、搦めとられた。絡めながら吸われて、海人の背に快感が走った。 魔力の受け渡しのときも舌を入れられたが、あれはお遊戯みたいなものだ。 比べ物にならないくらい、濃厚で甘美。快感を引きずりだそうとするキスだ。 「……ん……」 目を閉じていたが、イリアスがかぶさって来たのがわかった。起こしていた半身が滑り、イリアスに組み敷かれた。 キスは角度を変えて、口を吸われるたびにぞくぞくした。 服の中に手が入ってくる。愛撫する右手が熱い。口腔を侵されながら胸の突起を擦られた。 「……ぁ」 たまらず声が出た。 海人はこの半年で、ずいぶん感じるようになっていた。 イリアスは海人の胸を舐めながら、その手は海人の芯の昂ぶりを握った。直接的な快感にビクッとする。何度も撫で上げられて、海人は息を荒くした。 我慢がきかず、すぐに達してしまった。脱力して、大きく息をした。 呼吸を整えていると、イリアスはじっと海人を見ていたが、ふと海人の上から退いた。 イリアスがそのままベッドから下りようとしたので、慌てて服を掴んだ。 イリアスがゆっくり振り向いた。 灰色の瞳に怯みそうになったが、意を決した。 「まだ、いってないでしょ……」 達したのは自分だけだ。イリアスの熱が収まってないのは、寝衣の上からもわかった。 それなのに部屋を出て行こうとしたのだ。 海人は恥ずかしさで目を逸らしてしまったが、服を握る手には力が入った。イリアスにも気持ち良くなってもらいたいという思いを込めて、引っ張った。 すると、彼は体の向きを変え、海人を軽く押し倒した。 再びベッドに上がってきたので、海人は期待した。 今日こそは、と思った。 ところがイリアスは自分の昂ったものと海人のものを一緒に握り、扱いた。 海人は、そうじゃない、と思ったが、熱くてぬるぬるしていて、さっきよりも気持ちよくなってしまった。快感は思考を鈍らせる。 海人の息が上がるのと同時に、イリアスの息も荒くなった。耳元で熱い息を吐かれ、一層感じて、たやすく果てた。 イリアスもほどなく、息を詰めて達した。 余韻に浸ることなく、イリアスは海人に優しくキスをして、今度こそ部屋を出て行った。 海人は閉じられた扉を見て、ため息を吐いた。 想いを交わし合って、半年。実はまだ体をつなげていなかった。 原因はわかっている。自分のせいだ。 イリアスの部屋で初めて体を触られてから、何日か経った後、またそういう機会があった。そのとき指を入れられて、痛がってしまったのだ。 到底、イリアスのものが入るとは思えなくて、痛みを想像して怖くなった。 だが、男同士でも体をつなげられることは知っている。これは慣れればできるはずだと思って、次のときに「いいよ」と言ってみた。 ところが緊張で体が固くなってしまったせいか、指ですら思うように吞み込めなかった。 痛いとは言わなかったが、耐えているのわかったのだろう。 「無理するな」と言われ、その日以降、イリアスは海人の後孔を触らなくなった。 今のままでも気持ち良いのは確かだ。 だが、触られるたびに思う。 もっと深くつながってみたい、と。 そして、体を結ぶことで現れるという『竜の瞳』を見たかった。 海人はイリアスの気が早く変わってくれないかな、と思った。

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