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ー 初夏の候 ④
翌週、さわやかな初夏の風を受けながら、海人は魔獣討伐に参加した。
イリアスの他に、シモン、リカルド、ビッキーの隊員三名とドーラ街道に向かった。
海人は荷馬車の御者をしていた。その隣にシモンが座っている。
愛馬に跨 ったイリアスを先頭に、荷馬車が続き、その後ろをリカルドとビッキーがそれぞれ馬でついてきていた。
リカルドは長身のイリアスと同じくらい背が高く、痩身だ。
赤茶けた髪をしていて、柔和な優男だ。年齢はイリアスより少し上のようである。
一方、ビッキーは小柄だったが、腕周りなど筋肉がしっかりついている、骨太の体つきだ。
彫りの深い顔をしており、背は低い。イリアスよりは年下で、海人よりは年上だった。
ドーラ街道魔獣討伐に選ばれた隊員に、イリアスはこう説明した。
「今回は食材調達を目的にした討伐だ。社会勉強中のカイトを連れていく。私はカイトの護衛に徹するから、援護はしない」
その場にはシモンもおり、三人に緊張が走ったのがわかった。初陣 というわけではないだろうに、不思議だった。
晴れたドーラ街道を進みながら、海人は横に座るシモンに訊いてみた。
「みんな、なんであんなに緊張してたの?」
「あー……あれは隊長が俺らを援護しないって言ったから」
「え? 魔獣討伐ってイリアスがいなくても行ってるよね? あ、いつもは他に援護する人がいるってこと?」
「いや、そうじゃなくて。隊長がいると、背後を気にしなくていいんだよ。どんどん進めるっていうかさ。危なくなっても助けてくれるって、どっかで思っちゃうんだよな。その気持ちを絶たれたっていうかさ……」
後ろを来るリカルドとビッキーには聞こえていなかったかもしれないが、イリアスには聞こえていた。
イリアスはいくぶん声を張り上げた。
「今回の人選はダグラスだ。おまえたちには打ってつけの任務だそうだ」
声は後ろにまで届いたようだ。束の間、ビッキーが「あー!」と言った。
「わかっちゃいました、俺。俺らの特徴」
リカルドも参ったというように言った。
「さすが副官ですね。よく見てらっしゃるというか」
海人は手綱を握り直して、シモンを見た。彼は空を仰いでいた。気づくことがあったのだろう。三人が黙ってしまったので、海人は訊くに訊けなくなった。
ほどなくして、イリアスは街道を外れ、林立する森に入っていく。
海人もついて行くが、荷馬車はすぐに進めなくなった。そこで馬を止める。
振り返ると街道が見えた。そんなに離れていない。
イリアスは馬から降り、近くの木に愛馬をつないだ。リカルドとビッキーも続く。
海人が馭者 台でどうすればいいかわからないでいると、馭者 台を降りたシモンが手綱を取り、括 り方を教えてくれた。それが終わると、イリアスが言った。
「私とカイトはここにいる。索敵範囲はここが目視できるところまでだ。奥に入り過ぎるなよ」
三人は短く返事をすると、背を向けて森に入って行く。少し進んだところで、イリアスが思い出したように声を掛けた。
「リカルド」
赤茶色の髪が揺れた。
「丸焼きにするなよ」
リカルドがプッと笑った。
「隊長じゃないんですから。そんな火力ありませんよ」
リカルドの属性魔法は火のようだ。以前、イリアスが食用魔獣モンテを炭にしてしまい、海人が怒ったことがあった。
海人は、ふふ、と笑った。覚えていてくれたのがうれしかった。
三人の姿が小さくなると、海人はイリアスを見上げた。
「さっきの話なんだけど、シモンたちに共通してることってなんなの?」
イリアスは周囲に注意を払いつつ、言った。
「私がいるときといないときとで、戦い方が違うらしい」
「そうなの?」
「さて。私にはわからないが」
海人は自分がバカなことを聞き返したと思った。
「ダグラスが言うには、彼らは私がいると、敵に突っ込んでいきやすくなるそうだ。ダグラスが退けと言っても、退き際も悪い。逆に私がいないと、周囲をよく見るし、無茶もしないという」
「それって、イリアスがいるから安心して戦ってるってことだよね」
イリアスの表情は変わらないが、あまり良いことのように思っていないようだった。
「援護をするから安心して戦えと戦略的に伝えたことで、挑んでいくのは問題ない。むしろ勇敢だ。だが、彼らはそんな状況でもないのに、私の援護をあてにしている。それが長く続けば無意識になり、命を落としかねん。今のうちにその意識を直したいというのが、ダグラスの言い分だ」
海人は、ほう、とうなずいた。これはダグラスでなければ気づけないことだ。
イリアスが副官に絶大な信頼を置いているのは、こういうところにあるのかもしれない。
「私がカイトを守るという役目がなければ、彼らはどこかで私の援護を期待するだろう。あの三人は若手の中でも優秀だ。いずれ隊の要になる。鍛えるにはいい機会だ」
イリアスは周囲を見ていた目を海人に移した。
「カイトがいればこそだ」
そう言って、海人の頬をひと撫でし、目を森に向けてしまった。海人はその横顔を見て、キスがしたくて、たまらなくなった。
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