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ー 初夏の候 ⑤
海人がつながれた馬たちの鼻面を撫でて回っていると、森の奥が騒がしくなった。馬たちが首を上げ、耳をぴくぴくさせている。
イリアスは馬が暴れても怪我をしない位置に海人を呼んだ。
遠くからシモンの「ダンピだ!」という声が聞こえる。魔獣が出たのか。
森の奥に目をやると、白いものが飛び跳ねていた。初めて見る魔獣だ。何匹かいる。
ぴぎゃあ、ぴぎゃあ、と聞いたことのない鳴き声が響く。
馬たちがブルブルと鼻を鳴らし、足踏みをした。そんな中でもイリアスの愛馬だけは耳を森に向けているだけで、興奮していない。場数が違うのよ、とでも言いたげだ。
シモンたちに注視すると、素人でも三人の戦いぶりが素晴らしいことがわかった。
向かって来る魔獣を次々に叩き切っていた。順調に退治しているように見える。
ところが、急にそのうちの数頭が目の前の彼らに見向きもせず、三人を素通りしていった。
脇を抜けられたシモンとリカルドはそれに気づいていたが、寸断なく襲って来る魔獣を相手にするので精一杯のようだった。
兎のように飛び跳ねる白い魔獣は、こちらに来るのかと思って身構えた。だが予想に反して、白い魔獣は街道にまっしぐらに飛び跳ねていく。
なんだろう? と思ったら、リンデの街に向かって馬車が一台、走って来ていた。
魔獣は人間も食べるが、馬も食糧だ。しかも馬は人間のように抵抗してこない。ダンピは馬を見つけたのだ。
海人に惹かれて出てきたはずが、目もくれずに馬を目指している。「気になるもの」より目先の食事が優先か。街道を走る馭者はおそらく気づいていない。
―襲われる―
海人が声を上げそうになった瞬間、ダンピの進路に突然、地面から土壁 が盛り上がった。
ダンピは止まることができず、そのまま土壁に激突した。白い魔獣が四匹、転がった。
イリアスが左手を広げている。魔法を使うときの彼の癖だった。
沿道に突如出現した土壁。予期せぬ出来事に馬がいなないた。
「シモン、リカルド! 街道だ! 援護する‼」
イリアスが叫ぶと、二人は剣を一閃 させ、ためらいなく魔獣に背を向けた。
土壁のできた街道を目指して走り出す。
背中を見せた二人に白い魔獣が襲いかかったが、次の瞬間、衝撃波がぶつかったかのように、後ろに吹き飛んだ。転がった魔獣をビッキーが仕留める。
一方、土壁に阻 まれたダンピはシモンとリカルドが止めを刺した。ビッキーに群がろうとしていたダンピは、魔法攻撃に驚いたのか、じりりと後退し、森の中に逃げていった。
「カイト、ついて来い」
イリアスは立ち往生している馬車に向かって歩き出した。
驚き暴れる馬を馭者 が必死で宥 めている。近づいた頃には馬が落ち着き始めていた。
海人は馬車の装飾を見た。紋章が付いている。乗っているのは貴族だろうか。
イリアスは馭者 に声をかけた。
「怪我はないか」
「は、はい。いったい何が……」
馭者 は二十代半ばくらいの若い男だった。汗をふきつつも、何が起こったのかわかっていない顔だった。
「驚かせてすまない。魔獣がこちらの馬車を襲おうとしていたので、魔法を使った」
「魔獣が……! そうでしたか。警備隊の方ですよね。危ないところをありがとうございました」
隊服を見て、頭を下げる。彼はイリアスのことを知らないようだ。
イリアスもまた気にせず、馬車の紋章を見た。
「ルヴェン家か。中の方は?」
馭者 はハッとしたように慌てた。
「そうだ! お嬢様‼」
馬を制御するのに精一杯で、中の人のことを忘れていたらしい。おっちょこちょいだ。
馭者 台を降り、馬車の扉を開ける。
「大丈夫ですか⁉」
中から細々とした声がしたが、何を言ったのかは聞こえなかった。
貴族の令嬢のようだ。海人は気になって覗 き込もうとしたら、無言でイリアスに止められた。
令嬢の声を聞いた馭者 がイリアスに顔を向けた。
「お嬢様がお礼を言いたいそうです」
そして、馭者 が手をひいて令嬢が顔を出そうとしたとき、イリアスが制止した。
「礼には及ばない。それに出ない方がいいだろう。魔獣はまだ近くいる。早々にリンデに入ることだ」
忠告に馭者 が震えた。令嬢の手を離し、中にいるようにお願いしている。彼女も承知したようだった。イリアスは馭者 に言った。
「街まで送ろう」
「ほんとうですか⁉」
「リカルド、ビッキー。頼む」
いつの間にかビッキーも近くに来ていた。
よほど怖かったのだろう、馭者 は何度も頭を下げた。
馬を取って来た二人は、リカルドが先導し、ビッキーが背後を守る形で街に向かった。
貴族の馬車を見送ったあと、シモンが荷馬車とイリアスの愛馬を連れてきた。
仕留めたダンピは食用魔獣らしい。荷馬車に乗せて持って帰るというので、海人も手伝った。白い魔獣はペンギンのような体形で、ふっくらと丸っこい。
可愛く見えるが、やはり魔獣である。大型犬くらいの大きさで、口から牙がのぞいていた。
食材を荷台に乗せながら、シモンが言った。
「ダンピって、この森にけっこういたんですね。ルンダの森ではほとんど見かけないので、意外でした」
「そうだな。私も知らなかった」
四匹のダンピを乗せ終わると、イリアスは自らが作った土壁の後始末をした。
水の魔法を使って、土を洗い流す。それもまた見事だったようで、シモンの目に上官への敬愛が浮かんだ。
森の中で仕留められたダンピも運び込みたかったが、海人がいつまでもいると新たな魔獣が出て来る可能性もあったので、速やかに帰ることになった。
海人は荷馬車の手綱を取ると、シモンが横に乗って来た。
「けっこう出てきてたけど、大丈夫だった?」
「ああ。ダンピはそんなに危険な魔獣じゃないよ。噛 まれないように気をつければいいだけだから。魔獣危険度ランクは『低』だ」
「そっか。ならよかった」
海人がほっと息を吐くと、シモンは両手を頭の後ろで組んだ。
「しかし、すごいな、魔獣ホイホイ」
「ん?」
「魔獣の活動期でなくても、魔獣が出てきてくれる~。これから魔獣討伐が楽になるな~」
シモンがうきうき言うので、海人は苦笑した。
「役に立てたようで、よかったよ」
こうして、初めての魔獣討伐同行は終わったのだった。
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