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ー 初夏の候 ⑦

隊長に頼まれ、令嬢を屋敷まで送ってきたシモンは、帰着の報告のため、執務室に向かった。 風変りなお嬢様は、好奇心旺盛で質問攻めにあった。 何歳から働いているのか、警備隊の仕事はどういうものなのかなど、興味津々だった。 それはまだいい。答えられる。 困ったのはカイトのことだ。 隊長に釘を刺されたからか、どこの国の者かということは訊いてこなかった。 だが、名前はなんていうのか、どこに住んでいるのか、年齢はいくつなのか、普段は何をしているのか……。 まるで身上調査だ。 シモンは「お答えできません」と一点張りした。 すると不思議そうに小首を傾げた。 「どうして答えてくれないのですか?」 シモンは内心、ため息を吐いた。 「隊長があなたにお教えしなかったことを、俺の口から言うわけにはいきません」 「サラディール様がおっしゃったのは、あの方のお国のことでしょう?」 「違います。すべてにおいて『詮索するな』という意味です」 きっぱり言うと、本当に意味をわかっていなかったらしく「そうだったのですか……」と消え入るように言った。 幼さの残る顔でしょんぼりされると、悪いことをした気になってしまう。 シモンは黙って歩いた。 令嬢の足に合わせて歩いているので、時間がかかった。 屋敷の前で別れ、門を通るのを確認してから(きびす)を返すと、背後から「お嬢様~‼」という声が聞こえた。聞き覚えがある。 先日街道で馭者(ぎょしゃ)をしていた者だろう。 安堵と心配の混じった声からして、家の者に黙って出てきたのだろう。 彼も振り回されているのかもしれない。 シモンはちょっとだけ同情した。 執務室の扉を叩き、無事に送り届けたことを報告した。その際、気になったことも伝えた。 「ずいぶんとカイトに興味を持っていました。カイトのこと、いろいろと質問してきました」 「なんて答えた」 「なにも言ってません」 カイトは跳躍者と呼ばれる異能持ちの異世界人だ。 王家もその存在を公にしていない人物である。 報告する必要があると判断した。 隊長の恋人というだけだったら、こんなことは言わなかった。 隊長は「そうか」とひとこと言い、(ねぎら)いの言葉があったので退室した。 その後は談話室に向かった。少し休みたかった。 隊舎の二階にある談話室には先客がいた。 先輩のリカルドとビッキーがソファに並んで座り、テーブルを挟んでカイトも座っていた。 周囲には他に誰もいないというのに、こそこそ話をしている感じだった。 シモンが部屋に入ると、リカルドがすぐに気づき、手招きをした。 その顔は笑っていたので、深刻な話ではなさそうだ。 シモンは近づき、カイトの隣に腰を下ろした。 先輩二人はニヤニヤしているが、カイトは至って普通だった。 「どうしたんですか?」 訊くと、小柄な先輩ビッキーが身を乗り出してきた。 「今夜『マリアージュ』に行くんだけど、カイトも連れてっていいかな」 「は⁉」 素頓狂(すっとんきょう)な声が出た。 思いがけない店の名前だったからだ。 バッとカイトを見ると、真面目にお行儀よく座っている。 この顔はおそらくわかっていない。 シモンは慌てた。 「いや、カイトはダメでしょう!」 するとビッキーが口を尖らせた。 「なんでだよ。カイトも興味あるみたいだし」 「興味あるとかないとか、そういう問題じゃ……」 シモンは途中で止め、半身をカイトに向けて座り直した。 「おまえどこに行くか、ちゃんと聞いたのか?」 「お店に遊びに行くっていうから、おれも行ってみたいですって言った」 やっぱりだ! わかってない! シモンは心の中で叫んだ。 マリアージュというのは、娼館だ。遊びは遊びでも女遊びである。カイトの思っている遊びとは違う。 先輩方もカイトがわかっていないのを承知のうえで、言っている。 どんな店か知ったときのカイトの反応を見てみたいのだろう。カイトは純朴で可愛げがある。 慌てふためくのが容易に想像できた。からかいたい気持ちもわかるが、カイトはダメだ。 他の隊員はよくても、カイトだけはダメなのだ! シモンは唾を飲み込んだ。 「先輩、カイトはひとりにしてはいけません。隊長も許さないと思います」 そう、隊長が許さない。 カイトと隊長はやんごとなき関係なのだ。 二人は知らないとはいえ、隊長の恋人を娼館に連れて行こうとしているのだ。 なんとしても阻止せねばならない。 シモンの胸中など露知らず、優し気な面でリカルドがカイトに微笑む。 「カイトはさ、どこに行くにも隊長に許可をもらわないといけないのかな?」 「そんなことないですよ。ひとりにならなければいいって言われてます」 シモンは口が半開きになった。 それは昼間の話だろう! 昼間からいかがわしい店に行くことはない。夜は隊長と一緒に帰るのだ。 色街の話など、出ることはないだろう。 シモンが反論しようと息を吸うと、リカルドが口端を上げた。 「だったら問題ないね。店でひとりになることもないし?」 ビッキーも含み笑いをしながら、うなずいている。 そりゃ、相手の女が一緒だからひとりとはいわないけども! 「問題ありでしょう! 俺らといなきゃ、意味ないじゃないですか!」 焦って言うと、リカルドがにんまりした。 「じゃあ、シモンがカイトと同じ部屋に入ればいいじゃないか」 シモンが目は()いた。ビッキーがわざとらしく口に手を当てる。 「それって、さん……」 「うわあああああ!」 シモンは叫び声をあげて、言葉を遮った。 一瞬だが三人の情事を想像した自分がいた。 頭を抱えて立ち上がる。 「お願い、先輩、ほんとやめて! それだけは‼」 俺が! 俺が隊長に殺される‼ シモンが泣きそうな顔で懇願すると、 「あははははは!」 突然、先輩二人が腹を抱えて笑い出した。 シモンが呆気にとられていると、愉快そうに二人が言った。 「シモン、必死すぎ!」 「冗談に決まってんだろ」 前者はリカルド、後者はビッキーだ。ビッキーが続けて言った。 「領主家の客人をそんなところに連れていくわけないだろ」 二人は笑いを残したまま、立ち上がった。休憩は終わりのようだ。 「悪かったね、カイト」 リカルドがカイトの肩に手を置いた。 「夜の遊びは隊長に教えてもらうといいよ」   カイトがほんのり赤くなる。 ビッキーも笑いを残したまま、リカルドを追って談話室を出て行った。

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