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ー 初夏の候 ⑧

二人がいなくなると、談話室は急に静かになった。 シモンは脱力して、ストンとソファに腰を落とした。手で顔を覆う。 カイトが苦笑混じりに言った。 「ふたりして、からかわれちゃったね」 二人というより、シモンがからかわれたのだ。 普段からあの二人にはおちょくられているが、まさかカイトを交えてくるとは思わなかった。 どっと疲れた。 はあ、とひと息つきながら、疲れた声でカイトに確認する。 「……『マリアージュ』がどんな店かわかったか?」 カイトは頬をかいた。 「うん。女の人がいるお店だよね」 「そう、娼館だから」 「途中でなんとなく気づいたんだけど、口を挟めなくて」 気の毒そうに見てくる。(あわ)れまれてしまった。 シモンがソファにもたれかかるとカイトが「あのさ」と遠慮がちに言った。 「騎士の人に『騎士みたい』って言ったら、怒る、よね」 黒い瞳がゆらゆらしている。 「人によるんじゃないの。俺は怒んないけど」 シモンが「なんで」と訊くと、カイトはためらいながら、隊長を怒らせたかもしれない、と言った。 さらに事情を尋ねると、シモンが令嬢を送りに出た後の会話を教えてくれた。 「謝った方がいいかな……」 隊長は冷静沈着で感情が表に出ることはほとんどないが、付き合いが長くなると、声音やちょっとした動作で感情がわかる。 カイトもそれを感じ取ったようで、不安になったのだろう。隊長は滅多に怒ったりしない。 だから余計に気になるのもわかる。 カイトは自分の何が失言だったのか、気づいていなかった。 「隊長は騎士っぽいって言われたから、不機嫌になったわけじゃない」 シモンはソファに沈めていた体を起こした。 「おまえに、あの子とお似合いだって言われたからだろ」 カイトの口が、え、と動いた。 やれやれ、と思った。 「自分の恋人に他の子とお似合いだって言われたんだ。そりゃショックだろ。俺がそんなこと言われたら、俺のこと好きじゃないのかよって思うよ」 シモンの言葉にカイトは動揺した。 「おれ……そんなつもりで言ったんじゃ……」 「わかってるよ。カイトは見たままを言ったんだろ。隊長だってわかってると思う。でも、面白くなかったんだろ」 カイトはうつむいた。何か考えているようだった。 シモンはソファの背もたれに腕を置いて、体を向けた。 「カイトって、嫉妬したりしねえの?」 「え?」 何を言われたのか、わからなかったようだ。もしくは聞こえていなかったのかもしれない。 「だから、隊長に可愛い子が寄ってきても、嫉妬しないのかって」 カイトは少し考えるようにして、答えた。 「あんまり……。イリアスは綺麗でかっこいいからモテるのも当然っていうか。そんなの気にしてらんないよ。それにイリアスが寄ってくる人をあしらってるのは知ってるから、嫉妬する必要ないっていうか」 事も無げに言うカイトに、シモンは空を仰ぎたい気分になった。 隊長も厄介な奴を好きになったなあと思った。 隊長はおそらく、独占欲が強い。 今まで色恋沙汰を見たことはなかったので、わからなかった。 だが、ルヴェン家の令嬢とのやりとりで隊長が浮かべた笑みに肝が冷えた。 カイトは可愛い女の子を前に、緊張て、照れていた。そして彼女がカイトに興味を持って話しかけたとき。 普段、笑うこともない隊長が見せた、あの凍るような冷たい笑み。 それは彼女に強烈に嫉妬した裏返しのような気がした。 嫉妬しないとのたまったカイトではあるが、隊長のことはちゃんと好きなようだ。 些細なことを気にして相談してくるくらいだ。互いの気持ちは通じ合っている。 だが、言葉足らずの隊長とどこか鈍いカイト。 すれちがって、こじれることがなければいいが、とシモンは思った。

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