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第3話

数日後、水春はギターと、一つのボストンバッグを持って、晶の家にやってきた。 荷物が少ないな、と言うと、物が多いと落ち着かないんです、という言葉が返ってくる。 「ウチ、シングルマザーで母はお金に苦労してたので、必要最低限しか買えなかったというか、買わなかったというか……」 その癖が抜けないんです、と水春は苦笑する。 晶はふーん、と興味無いので適当に返事をした。 「晶さんは、普段から女装してるんですね」 「あ? 悪いかよ」 晶は睨むと水春は慌てて両手を振った。 「いえ! 似合ってるので拝めて嬉しいです」 ニコニコと話す水春に、晶は拍子抜けした。そしてナチュラルに褒められて、居心地が悪くなる。 晶は一つ、咳払いをして気を取り直した。 「とりあえず、家の案内するな? そこの階段から行ける地下が、防音室になってるからギター使いたい時はそこでやれ」 「はい。あ、でも晶さんも使いたい時があるんじゃないですか?」 「その時は前もって言う。それ以外は好きに使え」 「ありがとうございます」 晶は続いてキッチン、リビングダイニング、バスルームと案内していく。水春はそれを真剣にうんうん、と聞いていた。 続いて二階も案内する。階段を上がって一番奥が晶の部屋だ。 「ここが俺の部屋。ハウスキーパーが入って家事は一通りやってる。水春は……この部屋を使え」 そう言って、晶は階段に一番近い部屋のドアを開ける。元々客間として使っていたけれど、まだ部屋はあるし、問題は無い。 「あ、あの……」 「何だ?」 「早く独り立ちできるように頑張るので、よろしくお願いします」 水春は深々と頭を下げた。晶はため息をつく。 「あのな……何がなんでも独り立ちするんだよ。売れる気あんのか?」 「……っ、あります!」 「じゃあこっちの様子を伺ってないで、もっとがっついてこい。それを受け止めるのが俺の仕事だろ?」 水春はどうも、他人を気にし過ぎる傾向があるようだ。芸能界、音楽業界で、それは足枷にならないだろうか。 「じゃあ晶さん、お言葉に甘えて。オレの母親に会ってください」 「は?」 何でそうなる、と思ったけれど、続いた水春の言葉で納得する。 「オレの生活ごと面倒みてくださるんです。お世話になるなら会いたいと、母が言ってるので」 「……」 晶は迷った。母親という存在に、嫌悪感を抱いているからだ。しかしここで断れば角が立つ、仕方なく頷いた。 今から行くか、と言うと水春は喜んで準備を始めた。晶は、会うだけだから何かあるはずがない、と自分に言い聞かせる。 晶の家から病院までは、歩いて五分だ。晶はいつもの女装姿のまま、水春の母親の病室へと向かう。 「お母さん、晶さん来てくれたよ」 相部屋だったので、その場にいた人達が一斉にこちらを見る。本物だ、とどこかで声がした。 「わざわざありがとうございます。本来なら私が出向くべきなのに、しかもこんな格好で申し訳ありません……」 水春の母親は、想像したよりも細く、頼りない感じだった。白髪混じりの髪はパサついていて、顔色も決して良いとは言えない姿を見て、何故かギラついたメイクをした、自分の母親がフラッシュバックする。 「いえ……」 予想通り、脳が勝手に嫌な方向へ持っていこうとするので、晶は手短に済ますことに決めた。 「この子は私の事を気にし過ぎなんです。好きなように生きて楽しんでくれればと、いつも言っているのに」 晶は、自分の思考を切り離して、笑顔で話を聞くことに徹した。 『あなたは私の言うことを聞いていれば良いの』 (……黙れクソババア) 真っ赤な口紅を付けた母親が、水春の母親と正反対の事を言ってくる。心の中で悪態をつくと、脳内の晶の母親はニヤニヤと笑っていた。 「……貴方も、他人に捕らわれているようですね。大丈夫、敵も答えも、自分の中にしかありませんよ」 晶は内心驚いた。何故分かるのだろう、と。 晶は立ち上がる。これ以上いたら、自分が何をするか分からない。 「……お身体に障るといけないのでこの辺で。行くぞ水春」 晶はムカついてきた。何故、今会ったばかりの人に、晶の弱点を晒されなきゃ行けないんだ、と。歩き始めた晶を見て、気を悪くした風でもなく、水春の母親は微笑んでいた。

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