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第8話
それからまた一ヶ月、手続きを全て終わらせた水春は、一層曲作りに力が入ったようだ。できあがるスパンも量も、確実に以前より上がっている。
「ん、これならいけるだろ」
「本当ですか!?」
やった! とガッツポーズをした水春は、とても嬉しそうだ。
「あー……ちょっと待て、良いの思いついたから今から編曲する」
「え、今から?」
アイディアが消える前に、と歩き出した晶の後を、水春が付いてくる。地下室に行くと、パソコンを立ち上げ、関連した機器も電源を入れる。
(……見られてる)
葬儀が済んでから、水春はやたらと晶の行動をじっと見ている事が増えた。しかも熱い視線で。
「水春」
「え? あ、はい」
「そっちの電源入れてくれるか?」
「はい」
こうやって、わざと視線を外させるけれど、また水春が手持ち無沙汰になると、元通りじっと見つめられるのだ。
(ああクソ、髪の毛が鬱陶しいな)
晶は長い髪を、腕に付けていたチャーム付きヘアゴムでまとめあげる。
すると、水春が小さく「うなじ綺麗だな……」と呟いたのを聞いてしまった。
思わず水春を睨むと、彼は慌てたように両手を振る。
「や、今のは……っ」
「気が散るから、上にいろ」
水春が耳を赤くして防音室を出ると、晶は長いため息をついた。
多分、恐らくだけれど、水春に惚れられたらしい。元々憧れはあったから不思議ではないけれど、正直やりにくいな、と思う。
(とりあえず、やれるところまで作るか)
晶はキーボードを叩いた。詞も一緒に水春が作っているから、イメージしやすい。
その曲の詞は、母親への感謝の言葉だった。実に水春らしくて良いと思う。
(『雨上がりの空のように』失ったものは大きいけど、絶望ばかりじゃない、か……)
晶は水春を羨ましいと思った。大切な人の存在が、自分にどう影響を与えてくれるのか、晶には分からないからだ。
(俺も、一度くらい両想いになれば何か分かるのか?)
母親は論外だけど、父親は割と好きだ。けれど、水春みたいに情熱を掛けられる相手ではないし、恋人もいた事がないから、未知の領域だ。
(でもなー……俺の好みで両想いは……難しいな)
いわゆるゲイに好かれる男というのは、『A』の店長みたいな、ゴツゴツした男だ。女が好きそうな男は、ほぼ、女性が好きだろう。だから、真洋と和将がくっついたのは、奇跡だと思っている。
「…………あー、ムラムラすんな」
晶は天井を仰いだ。そう言えば前回『A』の店長に会ってから、どれくらい経ったのか。
(店長も悪くねぇけど、結局虚しいだけだし。アイツもあんなセックスしたくねぇだろ)
お情けで抱いてもらったは良いけど、残ったのはスッキリではなく、何とも後味の悪い気持ちだけだった。何をやっているんだ、と後悔したのであの一度きりにしたい。
考えた結果、自家発電する事にした。一応、入り口のドアに鍵を掛けようと、ドアのそばまで行くと、ドアのガラス部分から、水春の姿が見えた。
「どうした?」
ドアを開けると、水春はコーヒーを持っていた。
「長くなりそうだったので、淹れてきました」
「サンキュ」
晶は水春からマグを受け取ると、ドアを閉めようとする。しかし、水春は隙間に身体を入れ込んだ。
「おい?」
「……やっぱり顔色が悪い気がします。休みませんか?」
(顔色悪い? なんだ、ムラムラするのは疲れマラか)
そんな事を思っていると、ずい、と水春が顔を近付けてきた。
「……やっぱり、晶さんの瞳は地でその色なんですね。ハーフなのに色素が薄いのは珍しくないですか?」
「…………知らねぇよ」
晶は目を伏せた。綺麗ですよね、と言われ、なんて返していいか分からずスルーした。
やっぱり作業するから上にいろ、と晶は言うと水春は大人しく従った。
静かになった部屋の中で、晶はまた長く息を吐く。
「調子狂う……ったく」
コーヒーを置いて一度伸びをすると、晶は意識を集中させ、作業に取り掛かった。
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