9 / 27
第9話
そんなこんなで出来上がった、水春のファーストシングル『雨上がりの空のように』が、春の出会いと別れの季節に発売となり、世界観がぴったりだと、売れ行きも好調だ。
「あー……でも、真洋さんには敵わないなぁ」
同時期に出た真洋のシングルは、初週から五週間連続で首位をとっている。
「当たり前だ。俺の渾身の作品とプロデュースだからな。……あ、真洋」
晶は真洋が部屋に入ってきたのを見て、右手を挙げた。真洋はその手を叩く。
「五週目おめでとう」
「サンキュー」
真洋が笑う。晶も自然と笑顔になり、次の曲作りの方向性について話す。
「次はちょっとアダルトな感じにしたい。どうだ?」
「オッケー。何か俺のイメージにない感じが欲しいんだな?」
真洋とそう話す間も、水春はじっと晶を見ている。晶はそれに気付きながら、話を続けた。
「なら、ジャケ写もこだわりたいな。晶、カメラマンでいい人いるから、今度紹介する」
「オッケー」
晶は、こんな風にトントン拍子で話が進むのが、楽しいと思う。真洋とは考えが近いのもあって、だからこそ惹かれたのだ。
この日は晶、真洋、水春の三人で対談だった。
水春はデビューしてからの初仕事を懸命にこなし、楽しく終わらせる事ができる。
その帰り、何故か水春は一言も話さなかった。晶も、敢えてそれに触れず、話しかけもしなかった。
「晶さん」
家に着くと、水春は晶を呼んだ。何だ? と尋ねると、水春は言いにくそうに口を開く。
「晶さんは、真洋さんのこと、好きなんですか?」
晶はため息をついた。あの時じっと見つめていたのは、そんな事を考えていたのか。
「何でそう思う?」
「何でって……晶さん、真洋さんの前ではよく笑うなって……」
水春はこういう時に限って、真っ直ぐ晶を見てくる。一方晶はと言うと、まともに顔すら見られなくて視線を外した。
「それで? あんたに何の関係がある?」
まずい、この話をさっさと終わらせないと、面倒な展開になりかねない。晶は無理矢理自室に行こうとした。
「待ってください」
水春に腕を掴まれた。
『晶ちゃんは、良い子よね?』
「……っ」
またこれだ、と晶は顔を顰める。晶が両想いになれないのは、そういう展開になると必ず、赤い口紅の彼女が出てくるからだ。
「否定しないのはイエスで良いんですよね? 男性が好きなんですか? それとも、真洋さんだけ?」
晶は目眩がした。頭が痛くなってきて、思わず額に手を当てる。
自分から話すならともかく、こういう形で聞き出されるのは嫌だ。身体が拒否反応を起こすと言うことは、まだ話すべきじゃないからだと悟る。
「…………離せよ……それはもう、過去の話だ。……これで充分だろ?」
脳裏でババアがキーキーうるさい。そんなの晶ちゃんじゃない、私の晶ちゃんはそんな事しない、と喚いている。
晶は喘ぐように言う。しかし水春は納得していないようで、手を離してくれない。
「まだ全部答えてくれてません」
「あんたに話す義理はない」
「教えてください」
晶は隙をついて思い切り腕を振った。が、水春は思いのほかしっかり晶の腕を掴んでいて、無駄な足掻きになった。
「知ってどうすんだよっ」
「何も。ただ知りたいだけです。……晶さんの事が好きだから」
水春がその言葉を言った瞬間、晶の脳内で椅子を持った母親が、それを振り下ろした。
「……っ! ひ……っ!」
晶は現実なのか妄想なのか区別がつかず、思わず空いた手で顔を庇って逃げようとし、その場に座り込んだ。
「ちょ、晶さん?」
一緒に座り込んだ水春が顔を覗き込んでくる。
「悪ぃ……何でもない」
「何でもないって顔じゃないですよ、どうしたんですか?」
晶はもう一度、何でもない、と言おうとして言えなかった。代わりに胃が変な動きをして、えづく。
「ちょ、ホントに大丈夫ですか!?」
「……うるさい、ちょっと黙ってろ」
晶はぐったりしながらも語気を強めると、水春は言う通り大人しくなった。
晶は早くなった心臓と呼吸を、深呼吸して落ち着かせる。その間、水春はじっと晶の顔を見つめていた。
「……晶さん」
「今後一切、この手の話はするな。俺は誰も好きになるつもりは無いから……諦めろ」
「でも! 真洋さんは好きだったんですよねっ?」
「この話は終わりだ。部屋に行く」
晶さん! と水春が呼び止める声がする。しかし無視して晶は立ち上がり、自室へ戻った。
ともだちにシェアしよう!