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第9話

そんなこんなで出来上がった、水春のファーストシングル『雨上がりの空のように』が、春の出会いと別れの季節に発売となり、世界観がぴったりだと、売れ行きも好調だ。 「あー……でも、真洋さんには敵わないなぁ」 同時期に出た真洋のシングルは、初週から五週間連続で首位をとっている。 「当たり前だ。俺の渾身の作品とプロデュースだからな。……あ、真洋」 晶は真洋が部屋に入ってきたのを見て、右手を挙げた。真洋はその手を叩く。 「五週目おめでとう」 「サンキュー」 真洋が笑う。晶も自然と笑顔になり、次の曲作りの方向性について話す。 「次はちょっとアダルトな感じにしたい。どうだ?」 「オッケー。何か俺のイメージにない感じが欲しいんだな?」 真洋とそう話す間も、水春はじっと晶を見ている。晶はそれに気付きながら、話を続けた。 「なら、ジャケ写もこだわりたいな。晶、カメラマンでいい人いるから、今度紹介する」 「オッケー」 晶は、こんな風にトントン拍子で話が進むのが、楽しいと思う。真洋とは考えが近いのもあって、だからこそ惹かれたのだ。 この日は晶、真洋、水春の三人で対談だった。 水春はデビューしてからの初仕事を懸命にこなし、楽しく終わらせる事ができる。 その帰り、何故か水春は一言も話さなかった。晶も、敢えてそれに触れず、話しかけもしなかった。 「晶さん」 家に着くと、水春は晶を呼んだ。何だ? と尋ねると、水春は言いにくそうに口を開く。 「晶さんは、真洋さんのこと、好きなんですか?」 晶はため息をついた。あの時じっと見つめていたのは、そんな事を考えていたのか。 「何でそう思う?」 「何でって……晶さん、真洋さんの前ではよく笑うなって……」 水春はこういう時に限って、真っ直ぐ晶を見てくる。一方晶はと言うと、まともに顔すら見られなくて視線を外した。 「それで? あんたに何の関係がある?」 まずい、この話をさっさと終わらせないと、面倒な展開になりかねない。晶は無理矢理自室に行こうとした。 「待ってください」 水春に腕を掴まれた。 『晶ちゃんは、良い子よね?』 「……っ」 またこれだ、と晶は顔を顰める。晶が両想いになれないのは、そういう展開になると必ず、赤い口紅の彼女が出てくるからだ。 「否定しないのはイエスで良いんですよね? 男性が好きなんですか? それとも、真洋さんだけ?」 晶は目眩がした。頭が痛くなってきて、思わず額に手を当てる。 自分から話すならともかく、こういう形で聞き出されるのは嫌だ。身体が拒否反応を起こすと言うことは、まだ話すべきじゃないからだと悟る。 「…………離せよ……それはもう、過去の話だ。……これで充分だろ?」 脳裏でババアがキーキーうるさい。そんなの晶ちゃんじゃない、私の晶ちゃんはそんな事しない、と喚いている。 晶は喘ぐように言う。しかし水春は納得していないようで、手を離してくれない。 「まだ全部答えてくれてません」 「あんたに話す義理はない」 「教えてください」 晶は隙をついて思い切り腕を振った。が、水春は思いのほかしっかり晶の腕を掴んでいて、無駄な足掻きになった。 「知ってどうすんだよっ」 「何も。ただ知りたいだけです。……晶さんの事が好きだから」 水春がその言葉を言った瞬間、晶の脳内で椅子を持った母親が、それを振り下ろした。 「……っ! ひ……っ!」 晶は現実なのか妄想なのか区別がつかず、思わず空いた手で顔を庇って逃げようとし、その場に座り込んだ。 「ちょ、晶さん?」 一緒に座り込んだ水春が顔を覗き込んでくる。 「悪ぃ……何でもない」 「何でもないって顔じゃないですよ、どうしたんですか?」 晶はもう一度、何でもない、と言おうとして言えなかった。代わりに胃が変な動きをして、えづく。 「ちょ、ホントに大丈夫ですか!?」 「……うるさい、ちょっと黙ってろ」 晶はぐったりしながらも語気を強めると、水春は言う通り大人しくなった。 晶は早くなった心臓と呼吸を、深呼吸して落ち着かせる。その間、水春はじっと晶の顔を見つめていた。 「……晶さん」 「今後一切、この手の話はするな。俺は誰も好きになるつもりは無いから……諦めろ」 「でも! 真洋さんは好きだったんですよねっ?」 「この話は終わりだ。部屋に行く」 晶さん! と水春が呼び止める声がする。しかし無視して晶は立ち上がり、自室へ戻った。

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