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第10話

それから、晶は水春単独での仕事を意識的に増やした。広告代理店の方も無事に新社長が就任し、やっと音楽活動に専念できる、と晶はほっとする。 元々、広告代理店は社会勉強として父から与えられた会社だ。だから未練も何もないが、少し自分の一部が無くなったような気がして寂しい。 晶は事務所で一通のメールを眺める。パーティへの招待状だ。いわゆる社交場として、色々な立場の人が集まるので参加する意味は充分にあるのだが。 「やる気出ねぇな……」 でも、これも仕事だ、と晶は出席の旨を書いて返信した。 あれから、まともに水春の顔を見ていないけれど、彼は顔を合わせる度に、何か言いたげな雰囲気を出している。それを何事も無かったかのように振る舞うのにも疲れてきた。 (聞いてやればいいのか? でも、俺に何ができる?) 先日伝えた通り、晶は誰も好きになるつもりは無い。早く諦めてもらうしかないのに、一向にその気配がない。それどころか、水春の晶を見つめる視線は、どんどん熱くなっていくのだ。 (真洋の時は、こんな風にはならなかった) 何故だろうか。答えはすぐに分かって、自分で落ち込む。 (俺が真洋のタイプじゃないって分かっていたし、見込みがないって最初から感じてた) それは、自分がノンケ好きと公言している事と繋がる。両想いになりたいと願いながら、叶わない恋ばかりしているのだ。そして原因は、間違いなく母親にある。 すると、事務所の外が騒がしくなった。真洋と水春が帰ってきたのだ。 「おつかれー」 真洋たちが入ってくる。何故か和将も一緒だ。 「晶さん、サンドイッチをテイクアウトしたので食べませんか?」 「……いや、俺はやる事あるから、お前らで先に食べて……」 「あーきー?」 真洋が割って入ってきた。そして、腕を掴まれ強引に応接スペースに連れていかれる。 「ここんとこまともに食事してる所、見てないって水春が言ってたぞ。人使い荒くないし、言葉に覇気が無いって和将も」 「いや、だってお前ら言う前に動いてくれるだろ……」 (それよりも、水春の視線が痛いから手を離して欲しい) そんな事を思っていると、口にするまでもなく、和将が真洋の手を剥がした。そしてそのまま手を繋ごうとしている。 「ちょっと、和将何してんだっ」 「真洋は距離が近くて嫌だね。そろそろ君の恋人が誰か、言っても良いかな?」 「え、いや、それは……」 「えっ? 真洋さんの恋人って……和将さん?」 イチャつく真洋と和将に、水春は驚いている。むしろ知らないのはお前だけだぞ、と晶は言うと、もっと早く知っていたら、とか何とか言っていた。 「え? 知ってたら、何だ?」 和将の手から逃れた真洋が聞く。水春は小声で「余計な嫉妬しなくて済んだのに」と呟いたが、真洋には聞こえなかったようだ。しかし晶にはしっかり聞こえていて、どうしたら良いか分からず、聞こえないふりをした。 その様子を見た真洋が、ホントに元気無いな、大丈夫か? と聞いてくる。 「ん、大丈夫だ」 「……」 晶は苦笑して言うと、真洋は再び晶の腕を引っ張った。 「悪ぃ、ちょっと二人で話してくるから、サンドイッチ食べてろ」 「手短にね」 「え、真洋さんっ?」 晶は無言のまま、人目のつかない、非常階段に連れてこられる。 「晶、何があった?」 「……何もねーよ」 「水春の告白、断っただろ」 真洋の言葉に、晶は舌打ちをした。どうやら水春と真洋は、思った以上に仲良くなってるらしい。 「もしかして、お前、俺の想像以上にトラウマがネックになってる?」 「……」 晶は黙った。真洋には以前、自分の母親にされた事を軽く話している。だから女がダメだとも。 多分、水春に告白された時の状況も、水春に聞いたのだろう、明らかに様子がおかしかったと。 沈黙を肯定と受け取った真洋は、大きく息を吐いた。調子が悪そうなのは、そのせいか、と。 「……あのババアは俺に呪いをかけた。最近は、何でもないきっかけでフラッシュバックするから、避けてる」 「なぁ、それ水春に言った方が良くないか? 水春に対すると強く出るって、晶の気持ちはそういう事だろ?」 晶はまた黙った。考えないようにしていた事を、真洋に言い当てられてしまったからだ。 「考えるとあのババアが言うんだ。晶ちゃんはそんな子じゃないって。どこかで両想いになったらダメだって、思ってるのかもな」 なんにせよ、今の晶にはその呪いを解く方法も分からず、気力もない。 「晶……だからって、しんどそうなお前を見てるだけなんて、俺はできねぇよ。水春もそうだと思う。和将も……あー、多分」 和将は多分なのか、と晶は苦笑する。 「……お前が言わないなら、俺から言うぞ?」 「…………分かった。分かったからもう勘弁してくれ」 晶は降参、と両手を挙げる。水春の事が好きなのは認めよう。それなら、自分でちゃんと水春に話すべきだ。 真洋は、なぁ、となんとも言えない顔で聞いてきた。 「俺には話してくれたよな? その時は大丈夫だったのか?」 どうやら、疑問に思う所は真洋も同じだったらしい。晶は先程出した答えを話す。 「見込みがないって分かってたからな」 「……」 真洋は黙った。何て言えば良いのか分からないという顔だ。晶も分かっているから何も言わない。 「しっかし、晶が本気で恋したらそうなるのな。何か意外だわ」 「どういう意味だよ」 晶は真洋を睨む。真洋は笑った。 「いや、意外と冷静だし、水春の生活保障しつつ先行投資で売れるまで面倒見るとか、普通しないだろ」 晶は黙った。真洋の言い方だと、まるで最初から好きだったみたいじゃないか。 そう言うと、真洋はそうだろ? と不思議そうに返してくる。 「人を見る目があるお前が、自分だけの判断でいつもは決めるのに、わざわざ俺と和将にも確認させた。その時点でいつもと違うのは感じてた」 本当に水春を、自分のそばに置いて良いのか確認したと、俺は解釈したけど? と真洋は言う。 「私情が入ると慎重になるのな」 今度はからかうように笑った真洋に、晶は黙ってそっぽを向いた。 「あれ? 図星か?」 「うるさい。……行くぞ」 晶は歩き出した。真洋も笑いながら付いてくる。 事務所に戻ると、水春は何故か不安そうな顔をしていて、晶の姿を認めると、ホッとした顔をする。 「水春」 「はい?」 晶はこれは仕事だ、と自分に言い聞かせ、水春に先程のパーティ招待の件を話す。 「エスコート頼む」 「えっ? オレ、そんな所行ったことないですよっ?」 「俺の横でニコニコしてればいい」 慌てる水春を無視し、晶は「水春のテールコートが必要だな」と呟いた。 「よし、今度新調しに行くぞ」 「や、だから……っ」 これは仕事だ、と晶は言うと、水春は黙った。 真洋が「ちょっと調子戻ったね」と笑った。

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