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第11話

ある日の夕方、晶と水春は美容院に来ていた。 招待されたパーティに行くために、ヘアメイクをしてもらうためだ。今、水春は別室でやってもらっている。 「ホント、いつ見ても肌綺麗ですよね~、羨ましい」 晶行きつけの美容院なので、勝手知ったる仲なのだが、いつも同じセリフを言われるので聞いてみた。 「そんなに綺麗か? 特に何もしてないけど……」 「何もしてなくてこれですか? シミもシワもないし、スベスベじゃないですか」 女装する上ではマストですよー、と美容師は力説する。 「晶さんがAkiとして出る前から私知ってますけど、晶さんの可愛さが世に知れ渡るようになって、私ちょっと嫌なんです」 髪の毛をヘアアイロンで巻きながら、美容師は言う。 「嫌? 何で?」 「うーん? みんなのAkiになる事への寂しさと嫉妬?」 「何だそれ」 晶は笑った。女装のアドバイスとか、色々教えてもらった彼女だから、思う事もあるのだろう。 「そう言えば、一緒に来てたのは彼氏さんですか? イケメンですね」 「いや、彼氏じゃない」 晶がそう答えると、美容師は驚いた。 「えっ? 違うんですか? 私、結構こういうの当てられる方だと思ったのになぁ」 「…………そのうちに、な」 今は違うと言ったら、何故か美容師は喜んではしゃいだ。本当に、女性は恋愛話が好きだな、と思う。 「あー、私も晶さんみたいな、綺麗で可愛い彼氏欲しい」 女装男子が好みらしい彼女は、なかなかにニッチな趣味をしているな、と自分を棚に上げて晶は思った。 しかし、これだけはしゃいで話していても、仕事は早いのでさすがだ。 「はい、できましたよ。んー、我ながら良い出来。ちょっとリップも塗り直しますね」 そう言って、メイクもササッと直す。 椅子から立ち上がった晶は、全身鏡で姿をチェックした。 イブニングドレスは黒のマーメイド。さすがに女性らしい曲線美は出せないので、腰からヒップにかけて立体的に見えるよう、タックフリルがついている。胸元は前後ともに大きくV字に開いていて、首、肩、手首を覆うレースにはラメが入っている。そして何より一番目を引くのは、太腿が覗く、大きなスリットだ。 晶はネックレスとイヤリングを付ける。後れ毛を数本残してまとめあげた髪は、ドレスに負けないくらい華やかだ。 「わー! もうどこから見ても可愛いっ」 私がお代を頂きたいくらいです、と謎のはしゃぎ方をする美容師。 晶は個室から出ると、既に水春は待っていた。後ろ姿からして、もう緊張しているようだ。 「水春、待たせたな」 「いえ、……っ」 水春は振り向いて固まった。顔を隠すように口元を手で押さえ、視線を逸らされる。耳が一気に赤くなったので、多分照れているのだろう。 「晶さん、その格好……」 「あ? 正装だろ」 「……っ、そうなんですけど……」 行くぞ、と晶は歩き出すと、水春も慌てて付いてくる。  ◇◇ 会場に着くと、水春は更に緊張していた。 「あ、晶さん、オレ、ホントこういう場のマナーとか全然なんですけど……」 「分かってる。だから黙って微笑んでおけ」 手を出せ、と晶が言うと、水春は素直に手を出した。その手を取って、二人で歩き出す。 「交流持ちたい奴だけ見つけたら挨拶して、とっとと帰るぞ」 「は、はい」 晶は小声でそう言うと、今日の主催者である木村雅樹(きむらまさき)の元へ行く。 「木村さん、お久しぶりです。本日はお招き頂きまして、ありがとうございます」 木村は晶に気付くと笑顔で迎えた。何年経っても変わらない木村の外見は、年齢不詳だ。 「鳥羽くん、相変わらず綺麗だね。お父様はお元気?」 「はい、お陰様で」 晶はにっこり営業スマイルを浮かべる。 「……そちらの彼は、この間鳥羽くんの所でデビューした子だね、初めまして」 水春は驚いたような声を上げた。 「えっ? オレの事ご存知なんですかっ? あ、いや、初めまして。東水春と申します」 水春は木村から挨拶され名刺をもらうと、その肩書きにまた驚いたようだった。 「君たちには肩苦しい場かもしれないけれど……いいご縁があるといいね」 そう言って、木村は別の人の所へ向かう。 「アサヒグループのAカンパニーって、超大手事務所じゃないですか」 「そう。これで一番の目的は果たせたな……次は……」 晶はそう言って、水春を紹介したい相手を探す。木村に水春のことを知られていたのは嬉しい誤算だった。まだ小さい晶の個人事務所は、Aカンパニーのような大手事務所の後ろ盾も欲しい。 その後、何人かに水春を紹介し、声を掛けられては紹介されを繰り返した後、そろそろ水春が疲れてきたかと思ったタイミングで、少し休憩する。 「大丈夫か?」 「はい……しかし晶さん、よく人の顔と名前、覚えてますね」 紹介した人以外にも、通りすがりにあの人は誰々と水春に教えて回ったので、混乱して当然だ。 「すみません、少しお話良いですか?」 「はい? ……っ」 「晶ちゃん、久しぶりね」 振り返った先にいたのは、晶と変わらないくらいの歳の男性と、晶の母親だった。

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