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第15話
晶の部屋に水春を入れるのは、まだ抵抗があったため、水春の部屋に二人で入る。元々客間なので、ソファーが簡易ベッドになり、そこでも寝れるのでそうしよう、となった。
照明は薄暗くまで落とし、ソファーに腰掛けた晶。水春もその隣に座る。
「……話せそうですか?」
水春が晶の顔を覗き込んでくる。晶はできる所まで話してみる、と息を吐いた。
「俺、昔から器用で、割と何でもすぐにこなせたんだ」
この話をするのは真洋以外には初めてだ。
教育熱心だった母親は、できる晶にあれもこれもと習い事をさせ、それはもう、就学前から習い事漬けの毎日だった。その中に、今の晶のルーツとなるピアノがある。
「前、パーティーにいたから知ってると思うけど、とにかく金と権力が好きで、何でも型にはめたがる人でさ、こうじゃなきゃダメ、って言うのが激しくて」
将来は医者か政治家というのも、晶の夢ではなく、母親の夢だった。
しかし、晶が小さい頃はまだ良かった。大きくなって自我が発達してくると、反発も増える。母親はその度に癇癪を起こし、晶は生傷が絶えなかった。
「……っ、それって虐待……」
水春が息を飲んだ。この前の母親の様子からして察してはいたようだけど、やはりショックのようだ。
晶は手首をさする。自分を庇う時の傷は腕にできやすかった。そこが痛んだような気がしたのだ。
水春の拳が強く握られたのを、晶はどこか意識の遠くで見ていた。
父親は、当時は割と留守がちだった。金と時間は潤沢にあった母親は、晶を自分の理想に仕上げるべく、どんどん厳しくなっていく。
小学校に上がってからは、母親が癇癪を起こした時は、大人しく耐えていればすぐに収まる事を学習した。
しかし、父親が家にいる事が増え、晶の変化に気付いた彼は、母親との喧嘩が絶えなくなる。結果、その鬱憤が晶へ向くという、悪循環が生まれていた。
それでも、父親は晶の好きな事を見抜いていて、こっそりCDを買ってくれたりしていた。この時に真洋のトランペットの音を知る。中学生になった頃だ。
「……そんなに前から、真洋さんのこと好きだったんですね……」
どこか寂しそうにいう水春。バカ、と晶は苦笑した。
「その時は真洋がどんな奴なんて知らねぇし、ただ凄く綺麗な音を出す奴だなって思ってただけだ」
そこから晶は本格的に音楽がやりたいと思い始める。ピアノのレッスンにも力が入り、塾をサボって楽器店のピアノを弾かせてもらったりしていた。
「その時だけは、自分が自分でいられる感じがして……楽しかった」
その途中でジャズというジャンルにも出会い、晶の中で、どんどん音楽の道に進みたいという気持ちが膨らんでいく。
しかし、母親は相変わらずで、少しでもクラシック以外の曲を弾けば癇癪を起こした。だからピアノは外で弾くようにした、それなのに。
「いつものように塾サボって店で弾いて、家に帰ったらババアが鬼の形相で立ってて」
晶が塾をサボっていることがバレたのだ。今考えれば詰めが甘かったと思う。
それから塾へ行くのには、母親の送り迎えが必須になった。
男ならこんな事しない、政治家になるならこれはしちゃダメ、医者はこうでなくちゃ。それらが口ぐせだった母親は、それを機にグッと増えた。
晶は苦笑する。
「我ながら単純だと思うけど、それなら女だったらどーなるんだって思ったんだ。その時には、俺は女がダメだって分かってたし」
こっそり買ったレディースの服。着てみて鏡を見た瞬間、ものすごくしっくりきた。女になりたい訳じゃないけど、中性的な感じが自分に合ってると思ったのだ。
「でもな、女の勘ってすげぇのな。すぐにバレて」
念入りに隠したはずの服がすぐに見つかってしまった。そこからが修羅場だ。
「女装なんて気持ち悪い、男が好きなの? 冗談でしょ? 晶ちゃんはそんな気持ち悪い子じゃない……って、芋づる式に見つかったCDとか大事なものとか、全部捨てられそうになって」
晶はそこで初めて全力で抵抗した。CDを床や壁に投げつけて壊す母親から、必死で奪ったのが真洋のCDだ。
そこからはあまり覚えていない。
「父さんに聞いたんだけど、CDを抱えたまま、ババアの暴行に耐えてたらしいな。それが決定打になって、両親は離婚したし」
父親からは、もっと早く行動すれば良かった、と謝られた。
「晶さん……」
晶は触れてこようとした水春の手を、反射的に払う。
「あ……悪ぃ、やっぱちょっと、気が立ってるみたいだ」
一気に話したものの、やはり当時を思い出すと疲れる。
もう休む、と晶は立ち上がる。どこ行くんですか、と水春に止められた。
「どこって、俺の部屋」
「ここにいてください」
「何で」
晶はイライラした。思い出して気が立ってるのに、他人となんか寝られるか、と思う。
「晶さんの顔色が悪いから。心配です……触れないから余計に」
眉を下げる水春に、晶は息を吐いて心を落ち着かせた。
「悪ぃ、環境が変わると寝られないんだ」
意外と繊細な気質の晶は、そもそも家に人を入れることすら珍しいのに、水春はそれを知る由もない。
「じゃあ、俺が晶さんの部屋に行っても良いですか?」
「それは却下」
えー? と、水春は声を上げる。それが、駄々をこねる子供のように見えて、思わず笑った。
「心配するな、大丈夫だ。……聞いてくれてありがとうな、おやすみ」
晶はそう言うと、自室に戻った。
その後水春が「晶さんが笑った、ありがとうって言った、おやすみだって!」と悶えたのは言うまでもない。
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