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第16話
「何か、まあるくなったな、晶」
「は?」
ある日の仕事終わりの夜、事務所でケータリングを食べていた真洋に、そんな事を言われた。
「うん、少しトゲが無くなった。ほんのちょっと」
「なんだよそれ」
晶はサンドイッチをかじる。
「一時期はメシも食えないって感じだったけど、顔色も良いし……安心した」
「……」
真洋は笑った。晶は照れ隠しにそっぽを向くが、真洋の次の言葉で思わず振り向いてしまう。
「しっかしお前ら、両想いになってから付き合うまで長すぎだろ。俺だったら襲って既成事実つくるスパンだぞ?」
「ちょっと待て、そんな事まで水春喋ってんのか!?」
既成事実うんぬんの部分はどうかと思うけど、それよりも水春だ。筒抜けなのかよ、と晶はうなだれた。
「恋愛相談してくれるくらいには、仲良いよ?」
水春が晶の事を、どう話しているか気になるところだけれど、怖くて聞けない。
「や、だって、最初からお前の事べた褒めしてただろ。その延長線で色々聞いてたら……アイツ素直だから」
何故色々聞く、と晶は長いため息をついた。
「俺は俺でアイツのこと気に入ってんの。そしたら聞きたくなるだろ?」
真洋はそう言うが、晶にはその感覚が分からなかった。すると、晶の表情を見た真洋は、そこだよな、と妙に納得している。
「お前さ、俺の事好きとか言いながらも、会話はほぼ仕事の事だっただろ。当時の俺は助かってたけど」
自分の事を話したくないから、相手にも聞かない。結果、相手に興味が無いと思われる。実際人にあまり興味が無いな、と晶は思った。
「人と距離取るのって難しいよな……」
人間関係で言えば真洋と晶は真逆のタイプだ。真洋は近すぎて、和将をやきもきさせている。
「それを含め、リハビリだと思って頑張りますって水春が言ってたぞ」
「……っ、アイツ!」
晶は舌打ちした。
すると、事務所のドアが開く。お疲れ様ですー、と入って来たのは水春だ。
「あれ、晶さんもいたんですね」
そう言う水春に、晶は真洋を睨む。対する真洋はしれっとしていて、じゃあ俺帰るわとか言っている。
「それ、二人で食べろよ。あ、晶、俺明日は単独で大丈夫だから」
「は!? ちょっと待て! 明日はレコーディング……!」
そう言う晶の叫びも虚しく、真洋はヒラヒラと手を振って事務所を出ていった。
レコーディングに音楽プロデューサーがいなくてどうする、と肩を落とすと、水春がケータリングに手を出していた。
「真洋さんなら大丈夫ですよ。晶さんが一番分かってると思いますけど?」
それより、と水春はにっこり笑う。
「奇遇ですね、オレも明日オフなんです」
「何が奇遇だ二人して俺をはめやがって」
晶は水春を睨むけれど、彼はニコニコして「人聞きの悪い」とか言っている。
「だって、そうでもしなきゃ、晶さんデートしてくれないじゃないですか」
「でー……」
晶は縁のない単語に言葉を詰まらせた。七つも下の男を連れてデートとか、何のホラーだよ、と突っ込む。
「ホラーじゃありません。……どこか行きたい所、ないですか?」
水春は笑いながら晶の顔を覗き込んできた。楽しい、嬉しいとその顔は語っている。
それが可愛いと思う反面、自分の心のシャッターが降りるのを感じた。
「特に……」
「というか晶さん、オフの日は何してるんです?」
え? と晶は戸惑った。そう言えば、今までオフらしい過ごし方をした事がない。
「……作曲とか? ピアノ弾くとか……」
「それ、仕事ですよね」
水春は苦笑する。
「買い物とか、映画観るとか……スポーツするとか」
何かないですか、と問われ考える。
買い物はインターネットで済ますし、映画は、気になるものなら動画配信サービスで観るけれど、途中で音楽が気になっている事がよくある。スポーツは、ロリィタ服では動きにくいのでやらない。
水春はため息をついた。
「晶さんが仕事人間だって事はよく分かりました」
「悪かったな。オフの日という考え方すら俺には無かったから」
晶はそう言ってからしまった、と思った。案の定水春は眉を下げ、「そうでしたね……」と気にしてしまったようだ。
晶には、友達などと休日に遊びに行くという思い出は無い。ずっと習い事をやっていて、それが大きくなってからは何かしら用事をこなしていて、それが癖になっている。
「……分かりました。じゃあ、オレが行きたい所でも良いですか?」
意識を切り替えたのか、明るい声で水春は言う。その様子に、晶もホッとした。
「ああ」
頷くと、水春は笑顔になる。晶はそれを他人事のように見つめていた。
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