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第17話
晶は自室で、出掛ける準備をしていた。一日オフだなんて初めてだなと思いながら、今日はいつもと違う服を着る。
今日は動きやすい服装にしてくださいね、と水春に言われ、細身のパンツにアシンメトリーのチュニックだ。髪も無造作風にお団子にして、カバンは両手が空くように肩掛けのものにした。
今、水春はレンタカーを取りに言っている。晶は車の免許は持っているものの、ペーパードライバーなので、水春に運転を任せる事になる。
二人ともある程度顔が知られているので、人目につかないところに行くとなると場所は限られる。それでも水春は嬉しそうに場所を検索していた。
階下で水春の呼ぶ声がした。晶は自室を出る。
階段を降りて行くと、玄関で待っていた水春は声を上げた。
「わぁー、晶さんいつも可愛いけど、その服も似合ってますね。オレこっちの方が好みかも」
「……そうか」
笑顔の水春に対し、晶は普通だ。こういう時、どうしたら良いか分からず、感情が最低限の仕事しかしないよう、制御モードに入る。
「じゃ、早速行きましょう」
水春は晶を助手席に乗せ、車を走らせた。
「晶さんは、バーベキューとかした事あります?」
「いや……学校行事でやったくらいだ」
「晶さんの学生時代……想像できない」
「そうか? 別に普通だろ」
晶はスマホが震えたので確認する。真洋から、「デート楽しんでこい」とメッセージがきた。余計なお世話だ。
「当時の友達とか、交流あるんですか?」
「……いや。バカとつるむくらいなら、ピアノ弾いてた方が楽しかったから」
「……あぁ」
水春は苦笑する。
「つまんなかったですか? 学校」
「そうだな……」
そう言って、晶は流れる景色を眺めた。あまり個人的な話をするのは好きじゃない。気を遣わせてしまうからだ。
水春も、その手の話題は止めた方が良いと分かったらしい、当たり障りのない会話を進めていく。
「晶さんは、バーベキューの具材だと何が一番好きですか?」
「…………特にこれといってないな」
かといって、それだと会話が続かない。今更ながら、自分の人間としての面白味の無さにがっかりした。
それでも、水春は諦めずに話しかけてくれる。
「オレはコーンかなぁ。醤油かバター……もしくはバター醤油で食べたい」
「…………」
晶は何て返したら良いのか分からず、黙ってしまった。その様子にまた、水春は苦笑する。
「晶さんは、食にもあまり興味が無さそうですね」
「悪ぃ。無理に会話しなくてもいいぞ、俺は景色を見てるだけで楽しいから」
「…………うーん」
水春は何故か困ったように笑う。そして、分かりました、と言った。
「まだまだ晶さんのガードが固いようなので、今日はゆっくり、晶さんの好きなように過ごしてください」
「…………悪ぃ」
謝ると、水春は「オレたちのペースで行きましょう」と明るく返してくれた。
そのまま車に揺られて数時間、景色を飽きずに見ていると、目的地に着く。手ぶらで来たのでどこかで色々と調達するものだと思っていたら、全部レンタルで借りられると聞いて、便利だな、と晶は思った。
指定された場所へ車で行くと、周りには誰もおらず、確かにここなら身バレせずにゆっくり過ごせるかも、と車を降りて伸びをした。
「準備しますねー」
水春は車から荷物を降ろす。重たいものを運ぶその腕に、晶は良いな、と思って眺めてハッとした。
(エロ方面なら水春の事を知りたいと思うとか……ムッツリみたいじゃねーか)
「晶さん?」
動きが止まっていたのが気になったのだろう、水春は手を動かしながら呼び掛けてくる。
「あ、いや……これ全部降ろせばいいか?」
「お願いします」
晶は水春に倣って荷物を降ろしていく。さすがに重たいものは水春に任せたが、手際よくセッティングしていく水春に、慣れているのかな、と感じた。
「手際良いな」
「割とこういうの好きなんです。晶さんも、細いのに意外と力がありますよね」
見た目で舐められる事が多いけれど、真洋を引きずる程の腕力はある、と話したら、水春は声を上げて笑った。
その後、二人で小規模ながらバーベキューをして、食べ終わってひと息つくと、本当に静かな場所だな、と思う。
「……」
晶はスマホを取り出した。真洋からレコーディングの進捗報告が来ていたけれど、無視してメモ帳を開く。
(ああ……キーボード欲しいな)
曲のアイディアが出てきたのだ。忘れないうちにとメモると、止まらなくなる。
(Am……いや、Am7にするか。で、次が……)
メロディが頭の中でなるので、それに伴奏を付けていく。
(ああ、良いな……これくらい集中できる環境、久しぶりだ)
晶の手は止まらなかった。どんどん思いつくままメモしていく。
「晶さーん?」
不意にスマホを取り上げられ、晶は反射的に睨んだ。水春がその顔を見て苦笑する。
「今日はオフです。だから没収しますね」
「……」
そうだった、と晶は腑に落ちないながらも大人しくする。
「とりあえず、食べるものは食べましたし、どうします?」
「どうするって……何も無いだろ」
「自然を満喫するんですよ」
水春は晶の隣に座った。風の音とか、鳥の鳴き声とか、自然の音って癒されます、と水春は目を閉じて耳を澄ました。
晶も倣って目を閉じる。
(確かに、静かな空間で耳を澄ます事って、あまりないよな)
特に鳥の鳴き声は、街中にいる時と全然違う。
すると、衣擦れの音がした。水春が動いたのだと分かって目を開けると、目の前に水春の顔があった。
「あ、何で目を開けるんですか」
少し残念そうに言う水春。
「何でって、何しようとしてたんだお前」
晶は睨むと、水春はそれには答えず離れていく。
「……帰りますか」
水春はそう言って、片付けをし始めた。何だか水春から棘のあるオーラを感じるけれど、聞くのが面倒だ。
晶は無言で片付けを手伝った。
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