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第2話◆ウルウと閏

 地球を救うと言ったものの、具体的に何をするんだ?  前回とは違い、ブラックムーンとかいう悪の組織は分かりやすく敵をこちらに放つこともなく、学生に扮しているらしい。スパイというくらいだから、どうやったら地球征服ができるか隠密に情報収集でもしているのかもしれないが……回りくどいようにも感じる。  地球人からしたら宇宙人なんてオカルトの世界だ。なのでもちろんそんな奴らに対抗しうる力なんてまったく持ち合わせていないのだから、魔法少年である俺の預かり知らぬところで、不意打ちで一気に攻め込んでしまえば地球征服なんて案外簡単にできてしまいそうにも思う。それにほら、宇宙人は皆野蛮ではなかったか。  俺は当然の疑問を浮かべながら冷蔵庫を開けた。喉は乾いていなかったが、ウルウに涙目を悟られるのが恥ずかしくて咄嗟に「飲み物取って来る」と言って部屋を出たのだ。でも実際、心を落ち着かせるためにも水はありがたいよなと思い直し、俺は念のためにウルウ用の浅いボウルも用意してから自室へ戻った。……すぐにボウルよりもコップがよかったと分かるのだけど。  ドアを開けた俺は、ゴンッと持っていた物全部を落とした。 「えっ、那由多?!」  ウルウの声を無視して俺はすぐさまドアを閉めた。扉の奥でホーロー製のボウルがぐわんぐわんと転がっている音がする。いやいや、普通に誰?  俺は気を取り直してもう一度ドアを開けた。だけど知らない人間がいるのは変わらなかった。いや、分かってるよ。知らない人間じゃなくて、ウルウなんだろ?  俺の目の前には困った顔でミネラルウォーターとボウルを手に立ちすくむ、獣の耳としっぽを生やした美男子。その三角耳もしっぽもついでに言えば髪の色も、あの明るくてやわらかな水色をしている。そしてさらには。 「ごめんごめん那由多。いきなり元の姿に戻ってたらびっくりするよね」 「いやいやそれもだけど、なんか着てよ?!」  そう、素っ裸だったのだ。  もう本当にやめてほしい。俺一応、思春期真っ盛りのゲイなんだ……。  俺は慌ててウルウらしい獣人族に背を向けて、適当な服を引っ張り出した。 * * * 「なんかお泊り会みたいで楽しいね!」 「そうだな……」  さっきまで地球を救って! と訴えてきていた者とは思えない発言だけど、処理しきれない現実が多すぎて俺は適当な返事しかできなかった。  獣人族の姿になったウルウは、俺の中学時代のジャージをつんつるてんな感じに着ていてもそれはそれはカッコよかった。  ウルウはもともと獣人族で、シャイニスに棲むこの獣人類は十五歳になると、人の姿に耳としっぽの生えた獣人の姿になるらしい。だからむしろ先ほどまでの完全な獣姿の方こそが化けた姿だったようで、ウルウ曰く、十五歳を境に彼らは獣と獣人のみならず、耳やしっぽのない完全な人の姿にまで化けられるようになるという。  これは魔法とかではなくシャイニスの獣人類の特性で、獣人の姿が本来のものとはいえ、完全な獣や人の姿になるのに特別な力も必要でなければ制限もないという。ただ、先程のウルウの通り服の問題が発生するので、成人済みの獣人族は普段あまり獣姿にはならないようだ。  俺と会うのが久しぶりなことを考えてウルウは獣姿での再会を選んだみたいだけど、先に言っといてくれよと、俺のTシャツの匂いを嗅いで楽しそうにしているウルウを見て俺は思った。 「那由多? あっ! 匂い嗅いでるのヤだった?!」 「えっ、いや……」  しかし、にしてもだ。――獣人姿のウルウは美男子すぎやしないだろうか。  もともとキツネに似た獣だからか、はくっきりとしたやや切れ長な釣り目で男らしい。通った鼻筋に口調にぴったりな愛嬌のある口元、そしてそれらを載せた小さな顔はまるで作り物のように形がよかった。さらにそれだけにはとどまらず、真っ白で整った肌と葵色の瞳、獣の時の毛色を継承した明るくやわらかな水色のセンターパート、極めつけの引き締まった申し分ない身体つきも相まって、まるで精巧な3DCGアニメーションか世界的人気を誇るアジアンアイドルでも目の当たりにしているようだった。  でも、こんなイケメンが煌輝(きらめき)学園にはわんさかいるというから驚きだ。そう、俺の処理しきれないもう一つの現実は、ウルウが既に煌輝学園の生徒だったということだ。  しかもウルウはそんなエリート学園で風紀委員という高位な組織に属しているというから、さらに驚いた。つまりウルウは、既に一年前に地球に降り立ち煌輝学園に潜入し、着々と準備を進め、学園での確固たる地位を築いていたのである。やたらと学園のことに詳しいなと思ったけど、これで納得がいった。 「でも、なんで一年前の時点で知らせてくれなかったんだよ。もしかしたら、去年一年間でも俺と力を合わせれば何か対策が打てたかもしれないじゃん」 「……僕がすぐに知らせなかったこと、怒ってる?」 「そ、そうじゃないっ。……単純な疑問だ」  俺はウルウに図星を突かれてつい声を荒げた。怒っているというより、少しショックなのだ。さっきはあんなに再会を楽しみにしてたって言ってたけど、そんなに楽しみにしてたならすぐに会いに来てくれないっておかしくないか? と。地球人の俺にはシャイニスに行く術はないのだ。  しかしそこまで考えて、女々しいなと思って俺はすぐに頭を振った。それに、単純な疑問と言ったのも嘘じゃない。  俺の言葉を受けて、ウルウは無邪気さをひそめて語り始めた。

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