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第1話◆魔法少年、再び! 後編

「俺はもう、もう……あんな小っ恥ずかしいことしないからな!! だいたい魔法少女ならともかく魔法少年ってなんだよ?! めちゃくちゃ恥ずかしいだろ!! 確かに小学生の時の俺はさ? 自分で言うのも何だけどさ? めちゃくちゃかわいい美少年だったさ! だからあんなショートパンツにおへそが見えそうなノースリーブ、極めつけはエポレットにひらひらのマントが付いた派手なコスチューム着ても大丈夫だったかもしれないよ? 変身してキラキラ魔法使って唱えて、無垢な心で一生懸命悪党たちをやっつけてても純粋な少年にしか見えなかったと思うよ?! でも今はそんなん無理だからっ。地球救う前に俺が恥ずか死ぬからっ!!」 「恥ずかしくないよ! 今でも那由多はかわいいもん!!」 「何言ってんだウルウ?! つーか、どう見てもかわいくはないだろ! だいたいお前もだよっ。もう大人なんだから“もん“とか言っちゃダメなんだってば」 「僕はまだ大人じゃないもん! ぐるる~~!」  ここで睨み合い肩で息をし合った俺たちは、互いにそんなことをしてもしょうがないという気になって黙り込んだ。それに、別に俺はウルウに怒っているわけではないのだから、怒鳴ったりして申し訳ないなと思った。  ひとしきり叫んだ反動でか急速に冷静になった俺は、今度はもっと奥にある、本当の自分の気持ちを吐き出した。 「……あのさ、ウルウ。俺もう、地球とか救いたいほど心キレイじゃないから。いいんだよね俺、別にブラックムーンに殺されたって」 「那由多……?」 「家族とか友達とか……もういろいろ疲れちゃったんだ。ウルウが棲むシャイニスを救えたことは、俺も本当に良かったと思ってるよ。けど地球は……救わなきゃよかったって思ってる。こんな辛い思いするなら、地球なんて無くなっちゃえばよかったんだ」  言いながら俺は、自分の言葉に自分で納得していた。誰にも言って来なかった暗い気持ちが、次から次へと口を突く。 「俺さ、頭も良くないし顔も良くないし得意なことも自慢できるものも何も無い。挙句の果てに……“普通“にもなれなくて、本当に嫌なんだ。こんな自分のことなんてもうどうでもいい。気にしたり隠したり、恐れたり恥ずかしくなったり本当にろくでもなくて邪魔。……地球も俺も、どうでもいい」  そこまで言った時、突然ウルウが襲い掛かってきた。大きな獣の前脚で肩を押され、ただでさえひ弱な俺は驚きも相まって簡単にベッドに組み敷かれてしまった。  何をするんだ、という気持ちで顔を上げた俺はぞくりとした。成長してもまるで大型犬のような、優しく可愛らしい印象のウルウだったけど。こんなふうに怒って目の前で牙を見せつけられると、恐ろしいオスの獣なんだなと思い知らされたのだ。 「なんでそんなこと言うの那由多っ!!」  そしてそんな恐ろしいオスの獣は――動物のくせにぼろぼろと泣き出した。  俺はぎょっとして、押し倒された姿勢のままウルウを見つめた。ウルウの目からこぼれる涙が、俺の白いTシャツにボタボタと染みを作っていく。 「な、なんでって……」  言えない。――自分が同性愛者だと分かって、とても生きづらくて苦しくなっているなんて。  俺が目を伏せると、ウルウは牙をしまって大人しくなった。俺の脚の上に座って、項垂れる。 「那由多……。君が何に悩んでいるのか僕には分からない。けど、自信持ってほしい。僕は那由多のこと、大好きだよ?  だって那由多はね、シャイニス(僕の故郷)と、そして僕自身を救ってくれたんだ。命の恩人なんだ。那由多はすごいんだよ。誰にも負けない、綺麗な星の力を持ってるんだ。そんな那由多の綺麗な心に僕は救われたんだよ。だから那由多、僕が大好きな那由多を傷付けないでよ。信じてあげてよ。  那由多、僕がしっかりサポートするから。僕も一緒に戦うから。だから、僕に大好きな那由多が棲む地球を守らせて。那由多を守らせて。お願い。僕、こうやって那由多にもう一度会えること、すごくすごく楽しみにしてたんだ。そんな那由多が悲しい気持ちでいるのは嫌だよ」  俺はウルウの、聞いているこちらが恥ずかしくなるような言葉を大人しく聞いていた。年頃の人間じゃ絶対に言えないようなことを、獣だからなのか恥ずかしげもなく言ってのける。だけどそれが、今の俺には沁み込んでしまった。  俺には分かる。これは自分の利益のための嘘ではなく、ウルウの本心なのだと。 「ウルウ……分かったよ」 「那由多!」  満面の笑み、みたいな表情が滲んだ顔付きで今度、ウルウは抱き着いてきた。獣なので“抱き着いてきた“という表現は間違っているかもしれないが、ともかく体重を思いきりぎゅうと掛けられて、俺はまさしく潰れた声を出した。 「ぐえっ。ウ、ウルウ! 苦しいっ」 「あはは、ごめんね那由多。でも僕、本当にうれしくて」  ウルウは体を離して、俺をとても優しい瞳で見つめた。澄み渡った朝焼けみたいな、桃色とも青色とも言い表せられない、葵色の瞳。ウルウの綺麗な水色の毛は、蛍光灯の灯りに縁どられてキラキラと輝いている。 「那由多。くじけそうになっても僕が那由多を救うから。全力でサポートするから。だから那由多、ふたりで僕と君の地球を守ろう」  ウルウはそう言ったけど、俺には二人で一緒に生きようって聞こえた。胸の奥に、じわりと温かいものが滲んだ。  水色のやわらかな毛が宙を舞っているから、俺は目がかゆくなったんだ。だから俺は、目の奥がツンとしたんだ――。  こうして俺は再び、魔法少年として地球を救うべくウルウと活動を始めたのであった。

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