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第5話◆運び屋先生と猫の発明家

 ――碧川(へきかわ)副会長に変なふうに思われたかもしれない……。  やる気のなさそうな嵐士(あらし)先生の隣を歩きながらそう思いつつも、俺はどうしても期待する気持ちを抑えられなかった。だって碧川副会長は、この学校のほとんどが同性愛に対して偏見を持っていないと言ったのだ。  これって、前の高校と違って、変に浮いて噂をされたり軽い気持ちでイジられたりしないということだ。もしかしたら、友達と一緒に気兼ねなく恋バナもできちゃったりするのかもしれない。なんだか自分もいわゆる普通といわれる高校生活が送れるんじゃないかと、どうしても浮足立ってしまう。  でも、それでもやっぱり気は引き締めないと駄目だろう。よく考えたら……いやいやよく考えなくても、相手はブラムなのである、下手を踏んだかもしれない。だって碧川副会長、腹黒というよりもうあからさまにブラックで、なんだかすごくイライラとしていた。きっと、俺が何か失礼なことをして怒らせたのだ。  そもそもせっかく生徒会と関わる貴重なチャンスだったのに、何も聞き出せていないのもミスだと思う。  ブラム(あっち)はこちらの正体を掴めていない。人数はあちらの方が多いが、相手の正体を掴めているこちらに武があるはずだ。早い段階で魔法で相手の力を抑えて、どんどん弱体化させていかなければならない。 ――(うるう)と今後のことをもっと話していかないと。  そう考えてから、ふと思う。閏は今頃アリーナにいるのだろうか。  風紀委員として始業式でも業務があるらしい。俺の知っている風紀委員は始業式から活動したりしないが、学園では生徒会と風紀が先生以上の立場にあると言っていたから忙しいのだろう。  というか閏、この学園に同性愛者ばかりなこと教えてくれなかったよな。碧川先輩も毒舌でもはや裏表なく感じたし、なんだか閏の情報が疑わしくなってきたぞ。 「おい、神風(かみかぜ)」 「あっ?! はい」 「ふはっ。その前髪と眼鏡ではっきりは分かんなかったけどさ。お前、喜んだり青くなったりキリッとしたり顔顰めたり……口には出さねぇが、心ン中は饒舌で忙しいみてぇだなあ」 「へ? わっ……!」  思わず、といったふうに笑われたかと思ったら、嵐士先生に頭に軽く手を置かれポンと撫でられた。俺はなんだか照れくさくなる。学校というものにはずっと地味な生徒として在籍をしていたから、先生とのこういうやり取りに慣れないのだ。 「いや、はい……すみません。考え事、してしまって」 「碧川になんか言われたか?」 「い、いいえっ」 「ほーん? 言われたんだな」  なんで?! 「いいえ」って言ってるのに!  嵐士先生は続けた。 「生徒会には気をつけろよ。ま、会いたくても会えるような奴らじゃねぇけどよ。生徒が権力持ってるなんておかしな話だからなー。何かあっても教師が責任とれねぇじゃねーかっつー話よ」  それを聞いて、嵐士先生はやる気のないゆるっとした風貌だけれど、いい先生なのかもしれないと思った。  俺は勉強ができないのに、閏の計らいかSクラスという最優秀クラスになってしまって――煌輝(きらめき)学園は成績順にS、A、B、C……と細かくクラス分けされる。さらに選択授業でも選択科目の成績順でクラスが別れるとのこと。さすがエリート校だ――いかにも厳しそうなスパルタ先生だったら嫌だなと思ってたけど、嵐士先生は話しやすくて安心した。 「……ありがとうございます」 「うーん、ニュータイプ」 「いや、先生のがニュータイプでしょ……」 「ははっ。そーゆーこともちゃんと言えンじゃねぇか」  ボソッとこぼしたツッコミが聞かれていたのには焦ったが、でもだって髭も剃らずにさっき職員室でサンダルから革靴に履き替えて、ギリギリまでネクタイを締める気のない先生だぞ? ツッコむなと言う方が無理な話だ。 (さすがは煌輝学園、嵐士先生もよく見たら顔の造形はめちゃくちゃ整ってるのに、身だしなみが緩すぎてもったいない人だよなあ……)  そんな失礼なことを考えながら嵐士先生を見上げると、ニヤリと笑われた。 「その調子で、もっと高校生らしくいこうぜ」  味を占めたかのように、また頭をポンとやられる。俺は慣れない感覚に懲りずに気恥ずかしくなりながら、やっぱりいい先生なのかもと思った。 * * *  アリーナに着いてびっくりした。ちょっとしたホールかなと想像したが、本当にアリーナそのものな大きさなのだ。  中央の広場は小さなステージのようなものが設置されてはいたが、在校生たちは周囲をぐるりと囲む座席の方に座らされていた。  まだ自己紹介もしていないのにクラスに混ざるのは「誰このブス陰キャ?」とかなりそうで怖かったので、離れたところで嵐士先生と参加できるのは安心した。先生の隣とか目立って居心地の悪さを感じるかなと思ったけど、この広さなら埋もれられるだろうと思った。  そわそわと周りを伺う俺に、嵐士先生はまた笑う。――そして突然、耳打ちしてきた。 「なあ、コレ。お前のルームメイトに渡しといて」 「え?」  急な接近にドギマギする暇もなく、スルリと制服のポケットに滑り込んだ、小さな何か。 「俺は運び屋であって、ルームメイト(アイツ)のこともお前のことにも干渉する気はないよ」 「あの、どういう……」 「お前が何者かは俺は知らんし、面倒事に自ら首突っ込む気もない。けどまあ、俺は教師だから。生徒が困ってたら助けるからな」 「……」  俺の正体や目的は知らないけれど、協力はするよってことだろうか。先生は仲間ではないけど、味方ってことだろうか。  俺は混乱して思わず嵐士先生を見上げたが、先生はしたり顔で笑って――自分の耳に人差し指を突っ込んだ。何してるんだ? と思う間もなく、アリーナに耳をつんざくような、黄色い悲鳴が響き渡った。 「ひっ……?!」  理解が追いつかないのだが、生徒会(アイドル)による()始業式(コンサート)が始まった。

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