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第5話◆運び屋先生と猫の発明家 後編

 始業式で生徒会の人気を怖くなるほどに実感した。生徒会はアイドル的存在を超えてもはやアイドルそのもので、実力主義で勉学に厳しい閉鎖的なこの学園での、唯一の娯楽ともいえるのがこの煌輝学園生徒会執行部なのだと解った。現に彼らはそんな生徒の期待に応えるように、本物のアイドルが如くなんと始業式の最後にダンス楽曲を披露するパフォーマンスを見せてくれた。……これも地球征服活動のひとつということか。  そんな衝撃の抜けきらないままに俺は、今度は極度の緊張感に襲われていた。 「か、神風那由多です。よよ、よろしくお願いします……っ」  転入生って損だよな、と簡単な挨拶すら冷汗ダラダラで噛みまくりながら思った。何をどうしたって注目されて、拒否権なく評価や値踏みの対象として人目に晒されるのだから。  一年Sクラス。俺は通常の学校よりも整い洗練された教室で、クラスメイトの前で編入の挨拶をしていた。注目されるのが苦手な俺は、他者からの視線をシャットアウトしたくてお辞儀をする素振りで俯いた。前髪はしばらく切れそうにないし、変装の意味合いの強い眼鏡だったけど、今後も必須だなと思った。 「那由多~!」  自分の名前を呼ぶひそひそ声が聴こえてそっと顔を上げると、斜め前方方向、閏が笑顔でこちらに手を振ってくれていた。不可抗力でほっとしてしまう。 「ほい、拍手拍手。仲良くしてやってくれよなー」  嵐士先生が気を利かせてそう言い、ワンテンポ遅れて「期待外れだ」と言わんばかりのおざなりな拍手がパラパラと送られてきた。いたたまれなくなる。  指定された窓際最後尾という転入生ならではの席に着席し、人目を避けるように教科書をしまう作業に集中した。そんなふうにして視線の痛い朝のHRが終わると、すぐさま閏が話しかけに来てくれた。 「那由多っ、会いたかったよ! どこも怪我してない? 大丈夫? (おんな)じクラスうれしいねっ。改めてよろしくね」 「……、ああ」  閏が同じクラスなのは本当にありがたかったので、俺は閏の矢継ぎ早な言葉にしっかりと頷いた。しかし、すぐに聴こえてきた周囲の言葉に固まる。 「うわ、何? アイツ閏くんとどういう関係?」 「ウザ。釣り合ってねぇし」 「鏡見て出直してこいよな。見てるこっちがキツい」  ザアッと足元から恐怖が湧き上がって、あっという間に脳味噌がそれに支配されそうになる。嫌だ、怖い……俺また、イジメられるんだ……――。 「――那由多」  ふと目の前の、綺麗な声がそっと告げた。伏せていた目を上げる。机に置いた手に、閏の手が重なった。 「大丈夫、僕がいる。僕は那由多を絶対に独りにさせたりしないよ」  誰にも聴こえないような声量で、真剣な顔をして伝えられた。俺は引いた血がまだゆっくりと体を巡り出す感覚を覚える。 「閏……。うん、ありがとう」  イジメられたり文句を言われるのは、俺が同性愛者だからでも、きっと人気者なんだろう閏が俺に構うからでもないんだって思った。俺が俺だからなんだと、そう思った。  辛かったし苦しかったけど、それでも俺はこの時何よりも、変わりたいと強く願った。眼球の裏で滲み出したものは、我慢して流さなかった。 * * *  碧川先輩の言った通り始業式だろうがなんだろうが午後も授業があるので、昼休みは案内がてら閏と連れ立って食堂に向かった。閏はやはり人気者で、道中、ファンみたいに熱烈に絡まれることもあれば気軽に話しかけてくるような友達も多くいた。そのたびに俺は視線を向けられ品定めされ、睨まれるか華麗に無視されるかするのだった。  生徒で溢れる広く清潔な学食に着き、閏は上手に席を見つけて俺を誘導した。 「まずは席を確保?」 「ううん、ご飯も席でスマホから頼むんだよ」 「すげー」  電子決済の要領で、学園のアプリから食堂の画面でメニューをタップし、送金した。ランチはいつも四種あるようで、俺は三番のふわふわ卵のオムライスにした。ふわふわ卵……金持ち学園のお手並み拝見である。 「閏は何にした? やっぱり日替わり和食定食?」 「うん! 僕、地球の中でも日本に来れてよかったぁ。和食大好きっ」  そんな他愛ない話をしてから、俺は教室ではできなかった魔法少年としての話を振ろうと思ったのだが。突然テーブルにバラバラとお菓子が降ってきて、思わず言葉を飲み込んだ。 「うわっ?!」 「あ、ウテナ。やっと来た」 「やっと? キミが持って来いというからわざわざ寮に戻ってやったんじゃないか、ウルウ」  顔を上げると、毛先の跳ねたピンクの髪を肩まで伸ばした、これまた閏に匹敵しそうなほどのイケメンさんが現れた。お菓子を落としたのは彼らしい。  呆けて見ていると、猫のように目尻の尖った目と視線がぶつかった。途端。 「ぬおおおおお! 初めまして那由多氏ィ!! ほほぅこれが魔法少年ですか! ウホッw リアルで見るとやっぱ滾りますな、ニヤニヤが止まりませんぞww デュフフフフwww って失敬失敬、拙者は大天才発明家の空嶌羽天南(そらじまうてな)と申しましてな。いやぁ那由多氏、地球……いや日本のオタク文化はサイコーですぞ! 那由多氏が日本人でマジでよかったgj!!」 「えっ、あ……え?」 「那由多。羽天南は僕と同じシャイニスの人間なんだ。事情ももちろん知っているから安心して?」 「いや、そうでなくて……あ、その。よろしくお願いします」 「うヒャア、オタクに初対面でよろしくとか魔法少年性格よすぎか? ハイ、ヨロ」  そういって猫背な羽天南さんはグイッと閏を押しやって隣に腰かけたと思うと、バラバラに散らばったお菓子からシュニッカーズを選んで封を切り、訳の分からないテンションのままエナドリのプルタブをカシュッと押し開けた。もしかしなくても羽天南さん、何か変わってる……? 「で、ウルウ。放課後まで待てなかったわけ?」 「うん。だっていつ何が起こるか分からないじゃん。一秒でも早くアイテムを渡してあげないと僕心配なの!」 「アイテム?」  閏の言葉に俺がそう聞き返すと、羽天南さんがシュニッカーズを握ったままニタァと不気味に笑った。 「デュフフ……w 那由多氏存分に驚かれよ、拙者の大天才発明家ぶりにッ!」  そう言って身を乗り出した羽天南さんの妙なテンションを両断するように、ふわふわのオムライスがやってきた。

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