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ツカサは、カナタが女物の服を持っていると知っていた。
しかも、引っ越してきた初日からだ。
だが、経緯はなんであれ、結果として【知られたくなかった秘密が知られていた】という事実が起こっている。
ならば、カナタは【理由】を考えている場合ではない。
考えるべきなのは、秘密がバレてしまった経緯と言う名の【過去】ではなく、秘密を知られてしまったがゆえに起こっている【現在】のこと。
……もっと言うのであれば、その秘密を知ったうえで【ツカサがなにを企んでいるのか】だ。
『オレのこと、脅すんですか……っ?』
マスターは、勉強熱心なカナタを可愛がってくれている。
そうして大切に育んでいる途中の交友関係を壊せるかもしれない切り札を、ツカサは握っているのだ。
男が、女物の服を好んで手にしている。
そんなこと、どれだけ高い好感度を保有してもらっていたところで、精々引かれるのが関の山だ。
カナタが青ざめ、声を震わせるのも無理はないだろう。
……しかし。
『──カナちゃんのことを脅すって、誰が? ……まさか、俺が? えっ、なんでっ?』
──ツカサの反応は、カナタの想定とは全くと言っていいほど異なっていた。
すぐに、カナタは思い当たることを口にする。
『だって、オレは男で……っ。別に、女っぽい見た目じゃないオレに……女装癖があるって、ツカサさんは知っているから……っ』
『ちょっと、えぇっ? もしかして、カナちゃんなにか誤解してないっ?』
ツカサは真っ青になったカナタの顔を覗き込んで、慌てたような表情を向けた。
そして、ツカサはそのまま……。
『──俺はただ、カナちゃんならスカートとか絶対似合うのに、どうして俺に見せてくれないのかな~って疑問に思っただけだよ!』
──カナタにとって【予想外】な言葉を、口にしたのだ。
カナタは堪らず、顔を上げる。目の前にいるツカサを、しっかりと見つめるためだ。
唇を震わせながらも、カナタは懸命に言葉を紡ぐ。
『……引かないん、ですか? 男が、あんな……女の子が着るような服、持っていて……?』
『引くって、どうして? 俺はむしろ、カナちゃんなら似合いそうだから、早く見てみたいな~って思っているくらいなのに?』
『だって、オレ……別に、可愛くないし……ツカサさんみたいに、綺麗な顔でもないです。それに、どう見ても男だし……っ』
『カナちゃんが自分をそう評価しているとしても、俺はカナちゃんを変に思わないよ?』
ツカサが、嘘を吐いているとは思えなかった。
むしろ、カナタに対して心配そうな目すら向けている。
そんな男が、心ではカナタのことを軽蔑しているとは……被害妄想を加害妄想レベルで拗らせない限り、思えなかった。
『そんな、言葉……っ』
カナタは俯き、両手を強く握り締める。
それは、怒りや不安からではない。
──嬉しかったのだ。
──自分の趣味を、頭ごなしに否定されなかったことが。
俯いたまま、カナタは呟いた。
『疑って、ごめんなさい……っ。オレ、ツカサさんのこと……もっと、怖い人なのかと思っていました』
『うわっ、素直だなぁ。……でも、なんで? 俺、カナちゃんにはメチャクチャ優しくしているつもりなんだけど。それとも、俺ってそんなに怖い顔してるかな?』
ツカサはそう言い、自分の頬をむにっと引っ張ってみせる。
すぐにカナタは、首を横に振った。
『マスターさんが、前に言っていたんです。バイトの人たちが一気に辞めちゃったのは、不出来な弟子のせいだって……。オレはてっきり、ツカサさんのことだと思っていて……っ』
やはり、マスターが言っていた話に対する解釈は、カナタの曲解が引き起こした勘違いだったのか。
そう、カナタは当初の疑惑すらも反省し始めた。
だが、ツカサはサラリと答える。
『──あぁ、それは正解』
『──えっ』
ツカサの言葉に、カナタは慌てて顔を上げた。
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