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 アルバイト数人が、一気に喫茶店を辞めてしまったこと。  その原因が、ツカサという男。  けれど、カナタの秘密を受け入れてくれた人もまた、ツカサという男だった。  そのふたつの事象が、カナタにはどうしたって結びつけられない。  再び怯え始めたカナタを見て、ツカサは破顔する。 『ちょっ、ちが……ふふっ。虐めたとかじゃないからね?』 『なっ、なんで笑うんですかっ!』 『カナちゃんの表情がコロコロ変わるの、面白くて……っ!』  目尻に涙を溜めて、ツカサはカナタを見つめた。  そこで、初めて。 『──ホンット、カナちゃんって可愛い』  ──カナタは、他人から【可愛い】という言葉を受け取った。  カナタは確かに、女装癖がある。  しかしそれは、決して【女装すること】が目的なのではない。  カナタはただ、可愛い物が好きなだけ。  そして、自分が可愛いと思うものを身に着けたいだけなのだ。  そんなカナタにとって、今こうして何気なく贈られた【可愛い】という言葉は……。 『あっ、え……っと』  ──どんな言葉よりも、嬉しかった。  アルバイトが数名辞めてしまった理由なんて、考えられなくなるほどに。  適切な言葉が思いつかず、結果的にカナタは意味のない言葉を紡いだ。  すると、なぜか。 『カナちゃん』  ツカサが、距離を詰めてきた。  ギシッ、と。  ベッドの、軋む音。  そして、微かに沈んだベッド。  カナタは赤い顔のまま、ツカサに向かって顔を上げた。 『さっきの続きなんだけどさ。俺、カナちゃんにはスカートが似合うと思う。メチャクチャ本心だよ。揶揄ってないし、茶化してもいない。本気で、カナちゃんには可愛い服が似合うと思う』 『ツカサ、さん……っ?』 『俺さ? 一目見た時から、カナちゃんのこと可愛いな~って思ってたんだよね。……だから、ね? カナちゃん』  カナタの膝に、ツカサの手が置かれる。 『──カナちゃんがもっと可愛くなった姿……俺にだけ、見せてほしいな』  素の自分に【可愛い】という言葉をくれて。  自分が好きだと思うものを【似合う】と言ってくれた。  しかもそれは、冗談ではなく本気の本心。  真っ直ぐと注がれる言葉や視線から、カナタは目を離せなかった。  すると不意に、ツカサの表情が暗くなる。 『それとも……俺のこと、信用できない?』 『そういう、わけじゃ……っ』 『ホント? 俺、アルバイトの子何人も辞めさせちゃったことあるよ?』 『でも、虐めていたわけじゃないん、ですよね?』 『ウン、モチロン。そんなダサいことしないよ。……カナちゃんは俺のこと、信じてくれる?』  まるで甘えるような声に、カナタの胸はキュッと締め付けられた。  年上なのに、どことなく庇護欲がそそられるような表情にもだ。  ツカサからの問い掛けに、カナタは小さくコクリと、縦に頷いた。  ツカサは、カナタを認めてくれた初めての人。  ならば、それに応えないのは人として駄目だろう。  たとえ誰かに『安直すぎる』と言われたって、カナタはツカサを信じたかった。  だからこそ、カナタはツカサを信じることにしたのだ。  途端に、ツカサは嬉しそうな笑みを浮かべる。 『ヤッタ! ヤッパリ、俺にはカナちゃんだけだよ。優しいカナちゃん、可愛いなぁ』 『えっと、あの……っ』 『じゃあ、カナちゃんにお願い。スカート、今すぐ穿いて?』 『それとこれとは、話が違う気が……っ』 『ダメなの? それって、俺のことが信用できないから?』  まるで、駄々をこねる子供のようだ。  ツカサは甘えるように、カナタのことを見つめている。  黙っていると、ツカサはやはりどこまでも美丈夫だ。  端整な顔立ちのツカサに見つめられていると、カナタは思わず……。 『……っ』  トクリ、と。  胸を、ときめかせてしまった。

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