11 / 289
1 : 7
アルバイト数人が、一気に喫茶店を辞めてしまったこと。
その原因が、ツカサという男。
けれど、カナタの秘密を受け入れてくれた人もまた、ツカサという男だった。
そのふたつの事象が、カナタにはどうしたって結びつけられない。
再び怯え始めたカナタを見て、ツカサは破顔する。
『ちょっ、ちが……ふふっ。虐めたとかじゃないからね?』
『なっ、なんで笑うんですかっ!』
『カナちゃんの表情がコロコロ変わるの、面白くて……っ!』
目尻に涙を溜めて、ツカサはカナタを見つめた。
そこで、初めて。
『──ホンット、カナちゃんって可愛い』
──カナタは、他人から【可愛い】という言葉を受け取った。
カナタは確かに、女装癖がある。
しかしそれは、決して【女装すること】が目的なのではない。
カナタはただ、可愛い物が好きなだけ。
そして、自分が可愛いと思うものを身に着けたいだけなのだ。
そんなカナタにとって、今こうして何気なく贈られた【可愛い】という言葉は……。
『あっ、え……っと』
──どんな言葉よりも、嬉しかった。
アルバイトが数名辞めてしまった理由なんて、考えられなくなるほどに。
適切な言葉が思いつかず、結果的にカナタは意味のない言葉を紡いだ。
すると、なぜか。
『カナちゃん』
ツカサが、距離を詰めてきた。
ギシッ、と。
ベッドの、軋む音。
そして、微かに沈んだベッド。
カナタは赤い顔のまま、ツカサに向かって顔を上げた。
『さっきの続きなんだけどさ。俺、カナちゃんにはスカートが似合うと思う。メチャクチャ本心だよ。揶揄ってないし、茶化してもいない。本気で、カナちゃんには可愛い服が似合うと思う』
『ツカサ、さん……っ?』
『俺さ? 一目見た時から、カナちゃんのこと可愛いな~って思ってたんだよね。……だから、ね? カナちゃん』
カナタの膝に、ツカサの手が置かれる。
『──カナちゃんがもっと可愛くなった姿……俺にだけ、見せてほしいな』
素の自分に【可愛い】という言葉をくれて。
自分が好きだと思うものを【似合う】と言ってくれた。
しかもそれは、冗談ではなく本気の本心。
真っ直ぐと注がれる言葉や視線から、カナタは目を離せなかった。
すると不意に、ツカサの表情が暗くなる。
『それとも……俺のこと、信用できない?』
『そういう、わけじゃ……っ』
『ホント? 俺、アルバイトの子何人も辞めさせちゃったことあるよ?』
『でも、虐めていたわけじゃないん、ですよね?』
『ウン、モチロン。そんなダサいことしないよ。……カナちゃんは俺のこと、信じてくれる?』
まるで甘えるような声に、カナタの胸はキュッと締め付けられた。
年上なのに、どことなく庇護欲がそそられるような表情にもだ。
ツカサからの問い掛けに、カナタは小さくコクリと、縦に頷いた。
ツカサは、カナタを認めてくれた初めての人。
ならば、それに応えないのは人として駄目だろう。
たとえ誰かに『安直すぎる』と言われたって、カナタはツカサを信じたかった。
だからこそ、カナタはツカサを信じることにしたのだ。
途端に、ツカサは嬉しそうな笑みを浮かべる。
『ヤッタ! ヤッパリ、俺にはカナちゃんだけだよ。優しいカナちゃん、可愛いなぁ』
『えっと、あの……っ』
『じゃあ、カナちゃんにお願い。スカート、今すぐ穿いて?』
『それとこれとは、話が違う気が……っ』
『ダメなの? それって、俺のことが信用できないから?』
まるで、駄々をこねる子供のようだ。
ツカサは甘えるように、カナタのことを見つめている。
黙っていると、ツカサはやはりどこまでも美丈夫だ。
端整な顔立ちのツカサに見つめられていると、カナタは思わず……。
『……っ』
トクリ、と。
胸を、ときめかせてしまった。
ともだちにシェアしよう!