19 / 289
2章【そんなに拒む理由を消さないで】 1
それから、一ヶ月間。
カナタは何度も、ツカサと肌を重ねた。
ツカサは、変わらない。
カナタのことを『可愛い』と言い続け、四六時中そばにいようとした。
仲が良すぎる恋人同士のような関係性を、ツカサはカナタに求め続けたのだ。
これは、どう考えても【恋人同士】ではないというのに。
それでもカナタは、何度も何度もツカサを拒絶しようとした。
だが、そのたびに。
──『カナちゃんは、今日も可愛いね』と。
そう言われ、抵抗できなくなったのだ。
我ながら単純すぎてどうしようもないと、カナタは自らの浅ましさを何度も呪った。
もとより、カナタは【可愛いものが好き】で【女装癖がある】というだけで、決して【男が好き】というわけではない。
ゆえに、ツカサとの性行為はカナタが望む交流ではないのだ。
それなのに、カナタはツカサに抱かれるといつも、淫らに果ててしまう。
そんな性に従順すぎる自分の体も、カナタは数え切れないほど呪った。
……けれど、ツカサはただ強引なだけではない。
恋人としてキスやセックスを強要してくること以外、ツカサは確かに優しいのだ。
引っ越してきて一週間、カナタが心を許していた相手として。
ツカサは狂人ではあるが、顔だけではなく内面にも【いい男】としての素質を内包していた。
ただ純粋に、カナタにとって【恋人関係の強要】が、受け止められないだけで……。
それでも、ツカサは最低限の常識を持っているのだろう。
「──いらっしゃいませ」
こうしてカナタが仕事をしている最中は、過剰ななにかを要求してこないのだから。
来店した客に駆け寄り、カナタは空いているテーブルへと案内をする。
そのままメニュー表を渡し、お冷を用意しようと一時的にテーブルを離れた。
奥へ向かうと、ツカサがひょっこりと姿を現す。
「ハイ、お水。持って行っていいよ~」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
「どういたしまして~」
慌てて水の入ったグラスを運び、お客から注文を伺う。
そしてすぐに、カナタはツカサとマスターがいる厨房へと向かった。
「注文、ここに置いておきます」
「ありがとう、カナちゃん。……マスター、コレ頼んでもいい?」
「なんじゃと! ツカサ、また休憩するつもりか!」
カナタから受け取った注文が書かれた紙を、マスターに横流し。
その後、ツカサは肩をグルリと回した。
「相変わらずマスターは人聞きが悪いなぁ。今から俺がすることも、立派な【仕事】なんだけど?」
そう言い、ツカサは厨房から姿を現す。
その様子を、カナタはぼんやりと眺めた。
ツカサはカナタを振り返りもせず、店内のとある場所まで歩き始める。
そして、店の隅に置いてある椅子へ、腰掛けた。
──それは、ピアノだ。
店内にいるお客は、先ほど来店した一組のみ。平日ということもあり、客足は上々と言えない状態。
そんなとき、ツカサは度々厨房から抜け出しては、店内の隅にあるピアノを好きなように弾いていた。
それはある意味、ツカサが言っていたように【仕事】だ。
ピアノが置いてある位置は、外からも見える場所。
つまり、ピアノを弾いているツカサの姿は、店の外から丸見えだった。
──とどのつまり【見目麗しいツカサがピアノを弾いている】というその状況こそ、効果的すぎる集客行為だったのだ。
「気に食わんのう! ツカサにピアノを教えてやったのはワシじゃというのに!」
マスターは苦言を呈しながら、着々と調理を進めていく。
カナタはそんなマスターを見て、なにも言えずに苦笑いを浮かべた。
ともだちにシェアしよう!