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 カナタはおずおずと、ツカサの頭へ手を伸ばす。  そして、明るい金髪を控えめな力でそっと撫でてみた。 「ん~……。もうちょっと乱暴にしてくれてもいいんだけどなぁ」 「乱暴、ですか……? えっと……こんな感じ、でしょうか?」 「ん、そんな感じ。……カナちゃんの手って、俺より小さいよね。可愛いなぁ」 「……っ」 「えっ、なんで手を引っ込めちゃうの?」  ──『可愛い』という、何気ない言葉。  そう言われると、カナタは決まって思考が固まる。  ──嬉しい。  ──もっと、言われたい。  今まで誰にも打ち明けられなかった趣味嗜好の反動は、カナタ自身でも驚くほど大きなものだった。  カナタは手を引っ込め、赤くなった顔を隠すように俯く。  しかし、テーブルに突っ伏しているツカサからは、俯いたカナタの顔が丸見えだ。 「俺、毎日カナちゃんに『可愛い』って言ってるのに、カナちゃん全然慣れてくれないよね」 「スミマセン……」 「あははっ、ヤダなぁ。責めてないよ?」  ツカサは笑みを浮かべて、カナタを見上げる。 「そういうところも、モチロン可愛い。カナちゃんはいつどんなときだって、俺にとって一等可愛い男の子だよ」  優しい言葉。  温かな視線。  それでも、カナタは忘れてはいけない。  ツカサ・ホムラという男に、脅されたという事実を。  ツカサ・ホムラという男の、異常性も。  カナタは、忘れてはいけないのだ。  ……忘れては、いけないけれど……。 「ありがとう、ございます……」  それでも、カナタは内心で舞い上がってしまう。  自分の好きなものを肯定してくれて、尚且つ自分が求めていた言葉を贈られて……。  カナタは、ツカサという男の優しさに絆されてしまうのだ。  真っ赤になったカナタを見上げていたツカサがふと、上体を起こす。 「そうだ! ねぇ、カナちゃん! 後でカナちゃんの部屋に行ってもいい? 大事な話があるんだ!」 「大事な話、ですか……?」  ──瞬間。  思わずカナタは無意識のうちに、身構える。  ツカサという男に、いくら絆されたとしても。  ツカサという男の異常性を忘れそうになってしまったとしても、カナタは防衛本能を捨ててはいない。  改まった話というものには、どうしたって警戒してしまうのだ。  すぐにカナタは表情を強張らせ、ツカサに不安気な瞳を向けた。 「それって、今……ここじゃできない話、なんでしょうか?」 「えっ、う~ん……。そう、だね。二人きりの方がいい、かなぁ?」  今はいないけれど、ここはダイニングだ。いつマスターがやって来るかは分からない。  ツカサは確実に、そのことを危惧しているのだ。  どこかハッキリとしないツカサの言葉に、カナタは逡巡する。  ツカサに脅されたあの日から、ツカサはいつだってカナタに優しかった。  けれど、それは気まぐれかもしれない。  ただの、偶然かもしれないのだ。  しかし、なんにしてもカナタは、ツカサを拒絶できない。  拒絶をしたらどうなるか、分からないからだ。 「……分かり、ました。部屋で、待っています」 「うん、ありがとっ」  相槌を打ったツカサは立ち上がり、カナタの頭をポンと優しく撫でる。  先に自室へ戻ったであろうツカサの背を眺めた後、カナタは小さなため息を吐く。 「変なことをされたら、今日こそちゃんと話し合わなくちゃ……」  ツカサのことは、恐ろしい。  それは第一印象として抱いた恐怖よりも、さらに大きな感情だ。  だとしても、カナタは心根から屈したつもりはない。  戦う気持ちは、いつだって胸に抱いていた。  ……それが、なかなか発揮できないだけで。  カナタは立ち上がった後、重たい足取りで自室へと向かった。

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