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不意に、ツカサがカナタの背後へ回る。
そのままツカサはカナタを抱き抱えるようにして、背後から雑誌を覗き見た。
「カナちゃんが引っ越してきた日にさ? 俺、カナちゃんに近所の案内をするって言ったじゃん? だけど全然休みなくて、約束守れなかったからさ。それがちょっと、気掛かりだったんだよねぇ」
ツカサはどこか申し訳なさそうな声色で、背後からカナタにそう語り掛ける。
確かに、ツカサはそんなことを言っていた。
ツカサに案内してもらったのは、近くにあるスーパーや薬局など。日常生活で知っておいた方が確実に便利な場所だけだった。
すぐに、カナタは背後に座るツカサを振り返る。
「それは、だって……アルバイトの人数が足りてないからですし……」
「えぇ~っ? それ、遠回しに俺のこと責めてる?」
すぐに、カナタはマスターが言っていた『ツカサのせいでアルバイトの店員が数名辞めてしまった』という話を思い出す。
「……あっ! そっ、そんなつもりじゃなくて……っ!」
「あっはは! ウソウソ、冗談だよ~!」
慌てて弁明しようとするカナタを見て、ツカサは心底楽しそうに笑う。
そのままするりと、ツカサの両腕がカナタへと回される。
「俺ね? カナちゃんとデートするの、結構楽しみにしてたんだ。……でさ? どうせならカナちゃんが好きそうなところとか、いっぱい連れてってあげたいなぁって思ってたんだよ」
「……っ。ツカサ、さん……っ」
「でさ、でさ! 来月、マスターが『希望者がいたら新しいアルバイトの面接をするから、その日は店を休みにする』って言ってたんだけど……カナちゃん、予定とかある?」
フルフルと、カナタは首を横に振った。
背後にいるツカサはカナタの反応を受けて、満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ来月の休みの日、俺とデートしよ? このカフェだけじゃなくて、雑貨屋さんとか服屋さんとか……カナちゃんが好きそうなところ、時間が許す限りめいっぱい案内するからさっ!」
そう言って微笑むツカサの笑顔が、眩しい。
それは、整った容姿だけが理由ではない。
優しくて、カナタのことを心から想っているからこその、笑み。
人の感情に特段敏感なわけではないカナタでも、ツカサが笑っている理由は理解していた。
それゆえに、カナタは瞳を伏せる。
「……カナちゃん?」
俯いたカナタを、ツカサは心配そうに見つめた。
けれど、カナタはツカサに顔を向けられない。
ツカサは、カナタのためを想ったからこそ、ダイニングではなくカナタの部屋で話し合いたいと言っていた。
──それをカナタは、訝しんだ。
──心から警戒し、心から恐怖した。
あの日──ツカサに脅された日のことを、カナタは一度だって忘れてはいない。
しかし、それと同様に忘れてはいけないことがあると。
カナタはそのことを、完全に失念していた。
──脅してきたことは、事実。
──けれどそれ以上の優しさも、事実なのだと。
チープな言葉で片付けてしまうのならば、ツカサは【二面性のある男】なのだろう。
恐ろしい面を持っているのも、ツカサの本質。
けれどそれと同じくらい──それ以上に、ツカサは優しい面も持っている。
そのことを、カナタは失念していた。
見て、理解していたはずなのに……咄嗟の判断では、ツカサを信用していなかったのだ。
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