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カナタは俯いたまま、小さく呟く。
「……ごめんなさい、ツカサさん」
「えっ? それって、デートできないって意味の『ごめんなさい』? なにか予定できそう? それとも、気乗りしなかった?」
「ちが……っ。そうじゃ、なくて……っ」
雑誌を握る指に、力が籠る。
クシャリ、と。小さくも痛烈な音が、二人の鼓膜を震わせた。
それと同様か、それ以上に……。
「──オレは今、ツカサさんのことを……正直に言うと、怖い人だと、思っているんです……っ」
悲痛さを帯びたカナタ声が、ツカサへと向けられた。
カナタを抱き締めるツカサの腕は、相変わらず優しい。
決して強められず、弱められもしなかった。
「……それは、どうして? 俺が、アルバイトの子を何人も辞めさせたから?」
「それは……っ! ……それも、ありますけど……」
「じゃあ、一番の理由はそこじゃないんだね。……カナちゃんがイヤじゃないなら、教えてくれないかな?」
ふと、背後でツカサの動く気配がする。
「俺、カナちゃんに嫌われたくない。カナちゃんが【怖い】って思うものから、カナちゃんを守ってあげたいよ。……なのに、そもそも俺のことが【怖い】なんて、そんなの本末転倒だ。滑稽すぎて、逆に笑えないでしょ。……だから、お願い。教えて、カナちゃん」
ツカサの声が、より近くで聞こえた。背後にいたツカサが、カナタの顔を覗き込もうとしているのだろう。
それでも自責の念に駆られたカナタは、ツカサの顔を見られなかった。
──どうして、自分がしたことをここまで悪びれずにいられるのだろう。
そんな気持ちが、カナタにはあった。
そして、それと同じくらい。
──どうして今、自分はこんなにも優しい人を悲しませているのだろう、と。
カナタは、自分のことが酷く恨めしく思えてしまった。
覚悟を決めたカナタは、必死に口を動かし始める。
「初めて、その……エ、エッチを、した時です。ツカサさんはあの日、オレのことを脅したじゃないですか……っ? オレ、あれからずっと……ツカサさんに酷いことをされるんじゃないかって、怖かったんです……っ」
「うん」
「アルバイトの子を、どうして辞めさせたのか……それも、本当の理由を知りません。だから、それも……怖いのかも、しれないですけど……っ」
「そっか」
ツカサの腕が。
カナタの体から、そっと離れた。
ビクリと、カナタは体を震わせる。
──手を上げられるか。
──それとも、さらに傷つけてしまったのかもしれない。
恐る恐る、カナタはツカサを振り返った。
──その瞬間。
「──ごめんね、カナちゃん」
カナタの体から離れた腕が。
カナタの頭を、優しく撫で始めたではないか。
「俺、カナちゃんのことをホントに可愛いって思っているよ。世界で一番可愛いと思っているし、過去にも未来にもカナちゃん以上に可愛いと思える子は現れないと思う。前世と来世を賭けたっていい。そのくらい本気で、俺はカナちゃんを可愛いと思っているよ」
一度だけ、ツカサは言葉を区切る。
けれどツカサは、誠実な態度で言葉を続けた。
「だから、カナちゃんが他の奴に盗られるかもしれないと思ったら……カナちゃんの気持ちも考えないで、あんなことを言っちゃった。それが原因でカナちゃんが怯えていたのなら、ホントにごめん。確かに、アレは脅しって思われても仕方ないよね」
すぐに、カナタはツカサへ目を向ける。
すると当然、ツカサと目が合った。
「──でも、撤回はしないよ」
ツカサの目は、どこか悲し気で。
けれどそれ以上に、強い信念がこもった眼差しだった。
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