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 ツカサが、ここまでカナタに執着をする理由。  その大前提となる【理由】や【要因】を、カナタは知らない。  カナタは、どこにでもいる普通の男だ。  パッと見て男か女か疑うような、中性的な見た目というわけではない。  誰がどう見ても、カナタは男だ。  それなのに、可愛いものが好きで女装癖もある。  人との会話は得意ではなく、どちらかに分類するのならば不器用なタイプ。  カナタは自分でも悲しくなるほど、自分のいいところが思いつかなかった。  すると、ツカサが小首を傾げる。 「変なことを訊くんだね? カナちゃんは、生きるために呼吸をするでしょう? そこに、カナちゃんは【生きているから】以外の理由を考える?」  突然、哲学じみた言葉を返された。  カナタは眉を寄せて、戸惑いを露わにする。 「え、っ? ……いや、特には……っ?」 「でしょ? ならさ、それと同じことを訊かれたら俺が困るのも道理だと思わない?」 「こま、る? ……どういうこと、ですか?」  ツカサの言い分が、理解できない。  カナタは眉間に皺を寄せて、訝しむような表情を浮かべる。  その表情に、ツカサはサラリと答えた。 「──息を吸ったら、吐くから可愛い。目が渇いたら、瞬きをするから可愛い。食べ物を飲み込むとき、喉が動くから可愛い。歩くとき、足を動かすから可愛い。俺と話すとき、口を動かすから可愛い。俺がいきなり触って驚かせちゃったとき、反射行動をとるから可愛い」  羅列された、ツカサの【可愛い】と言う根拠。  それらは全て、生きているのならば誰もがする普通の行動だった。  ならば、ツカサの言葉も理解できる。  ──【生きている】という理由以外に、適切な言葉はない。  ツカサの気持ちはどこまでいっても、カナタには到底理解できないものなのだ。  投げ掛けられた問いに答えた後、ツカサはまたもや自嘲気味な笑みを浮かべた。 「ごめんね、カナちゃん。俺、舞い上がってた。カナちゃんが俺の恋人になってくれて、俺に『好き』って言ってくれて嬉しかったけど……それ全部、イヤイヤ言っていたってことだよね? 気付かなくて、ごめん。……改めて考えると、俺メチャクチャ痛い奴じゃんね? あははっ」  笑ってはいるけれど、いつもの覇気がない。  きっと、ツカサは傷ついたのだろう。  それくらい、顔を見て声を聞けばカナタでも分かる。  しかし、ツカサは笑っている。  それは、カナタに気負わせないためだ。  ──それは、ツカサの【優しさ】だった。 「来月の休み、俺と出掛けるのやめておこうか。……あっ、でも、どこか案内してほしかったら、遠慮なく言ってね? 距離開けて歩いたら、そんなに怖くないでしょ?」 「ツカサさん……っ」 「ハイ、この話おしまい! いきなり押しかけてごめんね、カナちゃん! 俺、部屋に戻るよ。……あっ、そうだ。その雑誌はカナちゃんにあげる。カナちゃんのために買ってきたやつだし!」  それだけ言い切り、ツカサはベッドから立ち上がる。  そしてツカサは、カナタの部屋から出て行こうと歩き出してしまった。  不意に、形のない不安がカナタの胸を覆い始める。  ──このまま、ツカサと離れてしまったら?  もしもこのまま、ツカサを帰してしまったら……ツカサはもう、カナタと必要以上の接触をしてくれないかもしれない。  もしもこのまま、引き留めなかったら。  ツカサはもう、カナタに笑いかけてくれないかもしれない。  ──それは。  ──それだけは、どうしても……。 「──カナ、ちゃん?」  ──カナタは、嫌だった。

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