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 激しい足音を立てながら、カナタはツカサへ駆け寄る。 「ツカ、ツッ、ツカサさんっ!」 「わわっ、ビックリした。どうしたの、カナちゃん? そんなに慌てちゃって」  駆け寄ってきたカナタに向かい、ツカサは笑みを返す。  その手には、まるで注文を受けるかのような姿勢でメモ帳とペンが握られていた。  初対面の相手に、いったいなにを訊いているのか。  そもそも【初対面】というキーワードを抜きにしても、訊いている内容は異常極まりない。  カナタはツカサの腕を掴み、ブンブンと首を左右へ振る。 「そんなこと訊かなくていいですから! 普通にしてください!」 「『普通』? ……あっ、そっか。そうだよね、ごめんね」  どうやら珍しく、カナタの気持ちがツカサへ届いたらしい。ツカサは一度、カナタへ向かって力強く頷く。  ……だが、カナタは失念していた。  ツカサが、カナタの考えを正しい意味で理解してくれたことなど……。 「──普通、最初に訊くのは体重じゃないよね。すみません、カナちゃんが産まれる【予定日】っていつでしたか?」 「──ツカサさんっ!」  ただの一度も、なかったのだと。  カナタはツカサの体を無理矢理にでも反転させ、母親に背を向けさせる。  ただ一人現状を理解できていない母親は、慌てふためく息子のことを不思議そうに見上げていた。 「カナタ? ホムラさんはいったい──」 「なんでもないからっ! 大丈夫だからっ!」 「体重とか予定日って、最近の若い子は親しい人のそういうお話を知りたいの? それとも、新手のジョークかしら?」 「そっ、そうそうっ! そういう感じっ! 面白い人だよねっ、あははっ!」  カナタはグイグイとツカサの背中を押しながら、なんとかこの話題を打ち切りにしようとする。  しかし、ツカサは強情だった。 「待って、カナちゃん! 俺はお義母様に教えてもらいたいことがまだまだたくさんあるんだよ! カナちゃんはお腹の中で活発に動くタイプだったのかとか、カナちゃんが喋った最初の言葉とか、カナちゃんが使っていたおむつのメーカーとか!」 「そんなことを知りたがる人を世間では『普通』って言わないんです!」 「えぇっ! で、でもさ! カナちゃんがお義母様の子宮に受精した日時と場所は訊いてもいいよね? あと、その時のプレイ内容の詳細を──」 「──最もダメですっ!」  カナタは強引にツカサを厨房まで押し戻し、マスターに全てを託す。  それから急いで、カナタはホールへと戻る。 「ごめんね、お母さん! それと、今の人が言っていたことは忘れていいから!」 「そう、なの? なんだか、随分と変わったお友達ね?」  ──『お友達』。  その言葉に、カナタは言葉を詰まらせる。  経緯や中身はどうであれ、ツカサはカナタにとって形式的には恋人だ。  そこにカナタの感情がついてきていなくても、歪で狂っていても、恋人という関係性には違いない。……そう、ツカサはカナタに言い切っている。  しかしそうなると、カナタは疑問を抱いてしまう。  ──ツカサのことを『恋人だ』と、母親に告げるべきなのかどうかを。  そんなカナタの葛藤も知らずに、母親はメニュー表を眺めながらにこやかに微笑む。 「カナタは小さい頃から人付き合いが苦手だったから、少し心配していたのよ。新しい環境で、上手にできているのかしらって」  そっと、カナタは顔を上げる。 「マスターさんはお父さんの知り合いだし、お母さんも知っている人よ。とてもいい人で、きっとカナタを大切にしてくれるとは思っていたわ」 「……うん。マスターさんは、凄くいい人だよ。優しくて、好き」 「そうでしょう? ……だけど、いくら人手不足だとしても喫茶店というくらいなのだから、マスターさんの他にも店員さんがいるわよね? だから、心配だったのよね」  母親からの、慈愛が込められた言葉。  その優しさに、カナタは言葉を失くしてしまった。

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