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カナタは子供の頃から、内気な男だった。
【可愛いものが好き】と気付いてしまったのは、小学校高学年の頃。
丁度、周りが男女について意識をし始めた、思春期。
男はカッコいいものが好きで、可愛いものが好きなのは女だけ。
そんな周りの空気が、無遠慮にカナタを責めているようで。
カナタは学生の頃から、友達を上手に作ることができなかったのだ。
高校を卒業してすぐ、カナタはマスターがいる喫茶店で働くことが決まった。
可愛いものが好きな自分を打ち明けることもできずに、カナタはのらりくらりと今を過ごしていただけ。
当然両親も、カナタが人付き合いを上手にできない本当の理由を知らない。
カナタは身内にすら、自分の趣味を伝えていないのだから。
「ホムラさんは年上の人でしょう? お友達と呼ぶには少し抵抗があるかもしれないけれど、仲が良さそうで安心したわ」
ギュッと、カナタは自らの手を強く握った。
「……ツカサ、さんは……っ」
友達では、ない。
カナタにとってツカサは、友達という枠では語れない相手だ。
……だが。
「……オレの、先輩だから。マスターさんと同じくらい、優しくていい人、だよ」
可愛いものが好きということすら、カナタは両親に話せていない。
それなのに、男と付き合っているなんて打ち明けられるはずがなかった。
ましてや、今の関係性に至る過程や経緯。
果ては、肉体関係があるのに心だけがついてきていないことも。
カナタはなにひとつ、母親には打ち明けられなかった。
* * *
料理を食べ終えたカナタの母親は、すぐに席を立つ。
そのまま身支度を終えて、会計をするためにレジへと向かった。
「今日はいきなり来てごめんなさい。職場に母親が来るなんて、気恥ずかしいわよね」
「そんなことないよ。心配してくれて、嬉しかった」
レジを打ちながら、カナタは母親から代金を受け取る。
「はい、おつり」
「ありがとう。……また来るわね」
「うん。今度は、オレも家に顔を出すよ」
「あらあら、随分と逞しい言い方しちゃって」
母親の笑みを見て、カナタも微笑む。
受け取った釣り銭を財布にしまいながら、母親は新たな話題を口にした。
「そうだ。カナタの部屋に服が少し残っていたのよ」
母親の言葉に、カナタの指はピクリと跳ねる。
そのことに気付いていないのか、母親は言葉を重ねた。
「今日持ってきたのだけれど、どうしましょう? 今、あなたに渡してしまってもいいのかしら?」
母親はそう言い、ずっと持っていた紙袋をカナタへ見せる。
カナタは慌てて顔を上げて、言葉を探した。
「え、っと。……う、うん。裏に、置いておくね」
「置いておける場所があるのね、良かったわ。……じゃあはい、これ」
「うん。……あり、がとう」
用事は終わったと確認し、母親はカナタに笑みを向ける。
その笑みに、カナタは曖昧な形の笑みを返した。
カランと退店の音が店内に響くも、カナタの表情は優れない。
すると、不意に。
「カナちゃん、どうかした?」
隣から、ツカサが顔を覗かせた。
カナタは顔を上げて、笑みを浮かべる。
「お母さんから、荷物を預かったんです」
「わざわざ持ってきてくれたんだ? カナちゃんに似て、お義母様は優しいね。……なにが入っているか、訊いてもいい?」
「はい、大丈夫です。中には、オレが家に置いていった服が入っています」
カナタの返答に、ツカサは声をひそめる。
「もしかして、可愛い服?」
ツカサからの心配を、カナタは苦笑で受け止めた。
「逆です。……可愛くない服ですよ」
紙袋を持ち直したカナタは、そのままツカサに頭を下げる。
「すみません。これ、裏に置いてきます」
そう言ったカナタは、やはりどうしたって。
……上手に、笑えなかった。
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