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両親との仲は、良好だ。
どこにでもある普通の家庭環境で、会話だってよくする。
しかしカナタは、両親には自分の趣味を打ち明けられなかった。
それは、両親からの【拒絶】と【否定】を恐れたから。
自分という存在を、今までのように受け入れてもらえなくなる可能性が怖かった。
自分の価値観や好きなものを否定されることが、怖かったのだ。
「はぁ……っ」
喫茶店での仕事が終わり、就寝の支度を全て終えたカナタは、自室のベッドに寝転がる。
そのまま、カナタは意味もなく部屋の扉へ目を向けた。
「オレは、可愛いものが好き」
ポツリと、誰に言うでもなく言葉にする。
……思えば、こうして口にできるようになったのはいつからだったか。
誰にも聞かれていないと分かっていても、カナタは今まで本当の自分を口にすることができなかった。
しかし、今のカナタは不思議と違う。
「ぬいぐるみが好き。可愛いヘアゴムとか、ヘアピンも好き。スカートも好きだし、写真映えするような可愛い食べ物も好き。……オレは、可愛いものが大好き」
こうして、好きなものをハッキリと口に出せるようになった。
……それは、きっと──。
「──カナちゃん、起きてる?」
扉の向こうから、声がする。
意味もなく向けていたはずの扉から、声がしたのだ。
そこでようやく、カナタは気付いた。
──カナタはずっと、待っていたのだ。
すぐにカナタは起き上がり、扉へ駆け寄る。
「起きています」
そう言い、扉を開けた。
扉の奥には、見知った端整な顔がある。
「良かった。寝る前に、カナちゃんの顔が見たくなっちゃって」
そう言って照れたように笑う男へ、カナタは安堵にも似た感情を抱く。
それでもカナタは、たった一言。
──『オレもです』とは、言えなかった。
「良ければ、中にどうぞ。立ち話も、なんですので」
「いいの? ありがとうっ」
部屋の中へ招き入れて、扉を閉める。
そうすると、すぐに。
「いつも思うけど、パジャマ姿のカナちゃんも可愛いね」
カナタが欲しい言葉を、来訪者──ツカサは、あっさりと口にした。
カナタの髪に手を伸ばし、ツカサはその一束にキスをする。
その仕草が、カナタには純粋にくすぐったかった。
髪から顔を離し、ツカサは笑う。
「眠くない? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です。……もしかして、なにか用事がありましたか?」
ベッドに腰かけるツカサを見て、カナタは小首を傾げる。
「さっきも言ったでしょう? 顔を見たかったのが、会いに来た理由だよ」
ツカサは自分の隣をポンポンと手で叩き、カナタを誘う。
素直に、カナタはツカサの隣へ腰を下ろした。
「だけど、話したかった理由は別」
思い当たる節がないカナタは、そっとツカサの顔を見つめる。
すると、すぐにツカサが目を合わせてくれた。
ツカサの、瞳。
そして、ツカサの言葉を受けて……。
「──カナちゃん、なんか元気なさそうだったからさ」
チリッ、と。
カナタの胸に、不思議な熱が奔った。
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