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 子供のように不貞腐れるツカサへ、カナタは手を伸ばした。 「怒って、いますか?」 「べっつにぃ」  ツカサはカナタから顔を背けたまま、ブツブツと呟く。 「ただ、カナちゃんは【職場の先輩】って関係の人でも、キスとかセックスをしちゃうエッチな子なんだなぁって思っただけ」  これは、明らかに拗ねている様子だ。  それでもカナタは、弁明の言葉を並べることしかできない。 「さすがに、お母さんに『男の人と付き合っています』なんて言えないですよ」 「ふぅん? そうなんだぁ? 俺は言えるけどねぇ?」 「うっ。……変に、思われるかもしれないじゃないですか」 「人と付き合うことに誰かの許可なんて必要ないじゃん。そんな意見、イマドキ犬も食わないんじゃない?」  相変わらず、ツカサは不機嫌そうなままだ。  カナタは慌てて、ツカサの機嫌を取ろうとする。 「ツカサさん、ごめんなさい。お母さんには言えなかったですけど、ツカサさんはオレの恋人です」 「ご機嫌取りで言われても嬉しくないなぁ」  意外にも、ツカサは強情だった。  カナタはどうにか、ツカサの機嫌が良くなる方法を模索する。 「ツカサさん」 「なに──」 「──好き、です」  そこでようやく、ツカサがカナタを振り返った。 「……それも、ご機嫌取り?」  数回、カナタは首を左右に振る。  そのまま、カナタはそっと、ツカサの手に触れた。 「オレの話を聴いてくれて、ありがとうございました。優しいツカサさんが、好きです」  これは、ライクという意味なのか。  少しずつだが確実に、カナタはツカサへの気持ちが言葉で言い表せなくなってきていた。  それでも、確かに『好き』とは思っている。  その気持ちを、カナタはツカサへ伝えた。  すると、ツカサは体もカナタへと向き直る。 「もっと言って?」 「好きです、ツカサさん」 「もっと」 「好き──ん、っ」  求められた言葉を紡ぐと、その声音ごとキスをされた。  ツカサはカナタと距離を詰め、深く口付ける。 「んっ、む……ふ、っ」  ツカサの舌が、カナタの口腔を弄ぶ。  どこか楽しそうで、けれどどこか、余裕がなさそうに。  カナタから唇を離すと、ツカサは嬉しそうに笑う。 「嬉しいな、とっても」  ツカサはそのまま、カナタの首筋に指を這わせる。 「キスマーク、薄くなってきちゃったね」 「そう、ですね」 「ちょっと残念だけど、新しく付けるのは我慢するよ。この前、マスターにメチャメチャ怒られたから」  ツカサはまたしても拗ねたように唇を尖らせて、不満を口にした。 「そうだ、聞いてよカナちゃん。カナちゃんが変な虫に首だけを重点的に食われたのは俺のせいだって言って、マスターってばフライパン持って俺を追いかけてきたんだよ? しかも二刀流! 両手にフライパン! 危うく全身痣まみれになるところだったよ~」  ある意味で、マスターの指摘は間違っていない。  容易に想像できてしまうやり取りに、カナタは思わず顔を綻ばせた。  そんなカナタを見て、ツカサは小さな笑みをこぼす。 「うん、可愛い。どんなカナちゃんも可愛いけど、ヤッパリ笑顔のカナちゃんが一番可愛いよ」  そう囁いた後、ツカサはもう一度カナタへ口付けた。  唇はすぐに離れ、代わりに耳元へ顔が近付く。 「カナちゃん」 「ん、っ」  甘く囁かれ、カナタは小さく体を震わせた。  吐息が、耳朶に触れる。  くすぐったさに身をよじると、そんなカナタをさらに追い詰めようと、ツカサは口を開いた。 「──もっと、俺の【ご機嫌取り】してよ」

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