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 制服に着替えたカナタは、ダイニングを覗き込む。  そこには、食器を洗っているツカサがいたからだ。 「お手伝いしてもいいですか?」  ひょこっと、カナタはツカサの隣に姿を現す。  ツカサは食器に目を向けたまま、口角を上げた。 「ありがとう。でももうすぐ終わるし、万が一にもケガをさせたくないから、手伝いは要らないよ。気持ちだけ受け取るね」 「そう言ってツカサさん、いつもオレになにもさせてくれないじゃないですか……」 「じゃあ、作業が終わるまで隣にいて?」  なにかを手伝おうと手を出すが、さりげなくかわされてしまう。  カナタは渋々、ツカサの隣に立ち続けた。 「ダイニングにこうして何度も二人きりになれるだなんて、今日は朝からラッキーだなぁ。少しの間だけ、カナちゃんを独り占めできる」 「いつも夜は、オレの部屋に二人きりですよ?」 「二人きりの時間は大いに越したことがないでしょう?」  慣れた手つきで食器を洗い終えたツカサは、タオルで手を拭く。 「こう見えて、俺は結構空気が読める男なんだよ? マスターが嫁と二人きりになりたそうなときとかは、自分の部屋にそっと戻ったりしてあげてたんだからさ。だから、マスターにも空気は読んでもらいたいよねぇ」  何気なく返された、ツカサの言葉。  その言葉に、カナタは目を丸くした。 「えっ? マスターさんって、独身じゃないんですか?」  この平屋に住んでいるのは、マスターとツカサとカナタだけ。  それ以外の住人を、カナタは見たことがなかった。  手を拭き終えたツカサは、あっけらかんとした様子で答える。 「うん、違うよ。バリバリの既婚者。ちなみに、マスターの嫁はちゃんとご存命」 「そうなんですかっ? オレ、知らなくて……」 「カナちゃんが会ったことなくてもムリないよ~」  ケラケラと笑った後、ツカサは笑顔のまま続けた。 「アイツ──じゃ、なくて。マスターの嫁は今、一人で海外旅行中なんだ。マスターもマスターだけど、嫁の方も随分と自由な人なんだよねぇ」  口振りからして、どうやらツカサはマスターの奥さんを知っている様子だ。  好奇心が働いたカナタはツカサを見上げて、新たな質問を口にする。 「ツカサさんは、マスターさんの奥さんに会ったことがあるんですか?」 「まぁね」  特段隠すこともなく、ツカサはサラリと答えた。  そのまま、ツカサはまたしてもカナタが知らなかったことを口にする。 「──だって俺が喫茶店で働いているのって、マスターの嫁に声を掛けられたからだもん」  すぐに、カナタは目を丸くした。  あまりにも平然と告げられた答えに、一瞬だけ理解が追い付かない。  驚いているカナタの様子に気付いたツカサは、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。 「そういえば、カナちゃんには話してなかったっけ? 俺が喫茶店で働いている理由と、ここに住んでいる理由」  ツカサの問いに、カナタは頷く。  すると、ツカサの手がカナタの首元へと伸ばされる。 「じゃあ、教えてあげる。別に、隠しておきたい話でもないしねぇ」  そう言いながら、ツカサはカナタのネクタイを結び直した。

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