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掃除道具を片付けながら、カナタはマスターに訊ねた。
「マスターさんがピアノを弾き始めた理由は、分かりました。だけど、どうしてマスターさんはツカサさんにピアノを教えたんですか?」
同じく掃除道具を片付けながら、マスターはすぐに答える。
「前も言ったかもしれんが、奴は無趣味じゃった。オマケに人としても最低じゃった。ここに来たばかりの頃なんか、人を人とも思っていないようなクズじゃったのじゃぞ?」
「ちょっと、想像ができないです」
「いやいや、今も十分クズじゃぞ?」
ツカサ以外の人を好きになったら殺すと脅され。
熱い視線を他者へ注ぐだけで、目玉をえぐると脅された。
……確かに、ツカサはハッキリとした性格ではある。
「薄皮一枚剥いだ向こうにあるのは、きっと悪魔の顔じゃろうな。そう思えるほど、奴は擦れておった。人を嫌い、疎み、呪いさえしていた」
「それは、女性関係ですか?」
「詳しくは知らんが、そうらしいぞ。なんでも、見てくれの良さでトラブルの連続じゃったらしい。男としてはどうにも手放しで『可哀想』とは言えん話じゃがな」
片付けを終えたマスターは、カナタを連れて店の裏口へと進む。
「それをワシの妻は、空気も読まずに『うちの店を繁盛させるための客寄せになりなさい』なんて誘い文句で引き込んだのじゃから、ワシは気が気じゃなかったぞ」
確かに、見てくれだけの評価に嫌気が差していたツカサに対してその言葉は、地雷発言とも取れるだろう。
しかし、ツカサは確かに言っていた。
『──だって俺が喫茶店で働いているのって、マスターの嫁に声を掛けられたからだもん』
つまり、ツカサはマスターの妻が放った言葉によって、この店に来たということだ。
「ワシはイケメンが嫌いじゃ。じゃからワシは、ツカサに『見てくれ以外に秀でたものがない貴様を男としては認めぬ』と言ってやったわ」
「それで、ピアノを教えたんですか?」
「おぉ、そうじゃよ。ワシの得意分野で、奴の伸びきった鼻を木っ端みじんにしてやろうと思ったのじゃ」
店の戸締りをした後、カナタはマスターと共に家へ向かう。
「じゃが! ツカサは全く可愛くない男じゃった! 難しい曲もすぐに弾けるようになったのじゃよ! 勝ち誇ったような顔で『アンタが得意なことって、この程度のレベル?』と言ってきたあの日を、ワシは絶対に忘れん! その日は奴の晩飯を普段の半分にしろと妻に提言したくらいじゃ!」
──大人げない。
……とは、当然言わず。
「マスターさんも奥さんも、ツカサさんのことが大好きなんですね」
カナタは素直に、今までの会話から受けた最も大きな印象を口にした。
すると、マスターからは『自分は今、この世のものとは思えないものを見ています』と言いたげな顔を向けられる。
「カナタはなんと言うか、大物じゃのう……」
そう呟いたマスターの気持ちを、カナタはうまく理解できなかった。
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