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鈍い音が、カナタの鼓膜を震わせる。
反射的に目を閉じたカナタは、閉じていた両目を恐る恐る開いた。
「そっか、そうなんだ……。そういうことだったんだね……っ!」
視界に映ったのは、笑みを浮かべるツカサの顔。
そのまま、カナタは視線を自分の足元へと向ける。
「俺の【家族】だから、カナちゃんは大事にしようとしてくれたんだね?」
満足そうに笑うツカサと、カナタの足元。
そのすぐ近くには、先ほどまでカナタの耳元に添えられていたナイフが突き刺さっていた。
「はっ、ぁ……は、っ」
カナタは緊張感から、浅い呼吸を繰り返す。
──ひとまず、凶器は遠ざかった。
その事実に、ようやく頭がついてきたのだ。
当のツカサはと言うと、片手で瓶を握ったまま天井を仰ぎ見ていた。
「そうだよね、そうに決まっているよね。カナちゃんが、俺を裏切るはずがないよね! だって俺、カナちゃんが怖がるようなことはしていないもの! だったら、カナちゃんに嫌われるはずがない! カナちゃんが他の誰かを選ぶはずがないんだよっ! そうだよ、そうだよねっ! あはっ、あははっ!」
先ほどまでナイフを握っていた手で、ツカサは自身の顔を覆う。
心底愉快そうに笑いながら、ツカサは天井を仰ぎ見ている。
──助かった。
「──なんて、誤魔化されてはあげないよ?」
──そう思ったのは、束の間だ。
ガシャンッ、と。
大きな音が、カナタの足元から聞こえた。
「確かに、マスターもマスターの嫁も、俺にとっては家族みたいなものだよ。実の両親よりも親らしい人たちだ。心底面白くないけど、それは事実として認めるよ」
瓶の割れる音に意識を持っていかれたのは、ほんの僅か。
「だとしても、カナちゃんが俺以外の誰かを選んだことには変わりないじゃないか」
「んぐ、っ!」
ツカサの手が、カナタの口を強引に抑え込む。
「たとえカナちゃんが俺の家族を俺と同様に愛してくれたのだとしても、大前提に【俺の家族】は【俺】じゃない。だから、ダメだよ。俺はカナちゃんを赦してあげられない」
至近距離に、ツカサの目がある。
それはまるで、深い闇を内包しているようで……。
「だけど、カナちゃんが優しい子なのは事実だよね。そこは、カナちゃんのいいところだよ。……それでも、俺は凄く傷付いた。赦してあげたいけど、これじゃあ到底赦してあげられそうにないんだ」
カナタはどうしたって、ツカサから目を逸らせなかった。
ツカサはカナタの口を片手で塞いだまま、ジッと目を見つめる。
「選んで、カナちゃん」
「……っ?」
「カナちゃんが俺を選んでくれるのなら、俺はあのピアノを壊さない。俺が今から言うことをカナちゃんが全部やってくれるのなら、俺は二度とピアノを壊そうとしないよ。男と男の約束ってやつだね」
一度だけ、ツカサの瞳がカナタから逸らされた。
しかしすぐに、ツカサの目はカナタを捉える。
「だけど、ひとつでもカナちゃんが俺の言うことを聞いてくれないなら……」
静かな声が、カナタの鼓膜をゆっくりと震わせた。
まるで子供に言い聞かせるかのように柔らかな声が、一変する。
「俺はあのピアノを壊して、その後でカナちゃんの両耳をそぎ落とす」
それは、獲物を捕らえたハンターのようで。
「……っ」
カナタはただ、小さく頷くことしかできなかった。
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