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 カナタは両目から涙を溢れさせながら、嗚咽を漏らす。 「ひっ、う……ふ、ぅ……っ」  何度も何度も、カナタは目元を乱暴にこすった。  一方、カナタの背後に立つツカサはと言うと……。 「──俺の、ため……っ?」  動きを止めて、呆然とした様子でそう呟いた。  ツカサは目を丸くして、誰に言うでもない言葉を紡ぐ。 「そのために、カナちゃんは……っ?」  カナタの言っていることが、理解できない。  そう言いたげだったツカサの様子が、次第に変わっていく。 「おかしいよ……っ。そんなの、おかしい……っ。それじゃあ、カナちゃんが大事にしていたのは……マスターのピアノじゃなくて、俺の思い出だったってこと……っ?」  涙を流しながら、カナタはゆっくりと、ツカサを振り返る。  そのまま、なにも言わずに。  ──カナタは一度だけ、小さく頷いた。  そこでようやく、ツカサは現状を正しく理解したらしい。 「なんでカナちゃんは、そんなに優しいの……っ? 意味が分からないよ、なんでっ? カナちゃんが守ろうとしたものも、カナちゃんを困らせたものも、どっちも俺なのに……っ」  泣きじゃくるカナタの顔を見て戸惑い、自らが強いてしまった行いを顧みる。 「──どうして、俺のために我慢なんてしたの……っ?」  ──『どうして』。  その問いに対する答えを、カナタはひとつしか出せなかった。 「──オレは、ツカサさんが好きだから……っ」  明確な意味合いも考えずに、胸の奥から溢れた言葉。  混じりけのない本心を告げられ、ツカサは……。 「……カナちゃん、こっち向いて」 「え──んっ」  振り返ると、唇が塞がれた。  歯列が、ゆっくりと舐められる。  ひとつ、ひとつ。  全ての歯を確かめるように執拗な、舌の動き。 「んっ、んん……っ」  そのままゆっくりと、カナタの舌が掬われる。  逃げようと引いたところで、ツカサは決して逃がしてくれない。 「はっ、んっ」  唾液が奪われていく感覚に、カナタの脳はクラクラとする。  それはきっと、唾液だけではなく酸素も奪われているから。 「ゃ、ん……っ」  長いキスが終わり、潤む視界が背後に立つツカサをなんとか映す。  ツカサは自分の口を、グイッと手の甲で拭う。  そして、一言。 「──ありがとう、カナちゃん」  そう言い、ツカサはカナタに腰を打ち付けた。  突然のことに、カナタは当然戸惑ってしまう。  だが、それよりも……。 「あっ、ぁんっ! んっ、やっ、ぁあ、っ!」  断続的に与えられる快楽に、カナタはただただ喘ぐことしかできなかった。  荒々しくて、激しい性交。  しかしこれは、先ほどまでの乱暴な抽挿とは違う。 「カナちゃん……っ!」  これは、いつもと同じ。  ──それ以上に熱烈な、恋人としての情交だった。

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